儚き日常

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 しかし、揶揄も冗談もない。こいつは、そういう人間だ。 「きみが聞いたから、ぼくは答えたまでだよ。それよりも、もっと気にするところがあったと思うのだけれど?」 「そうか……ありがとう。嬉しいよ」 「沙希人……ちゃんと、ぼくの話を聞いていた?」  呆れたように、一つ息を吐く友人。疲れているように見えるけれど、何かあったのだろうか。おれは小首を傾げる。 「今の言葉だろう? 聞いていたよ」 「本当に?」 「ああ。おまえが、おれのことを大親友で家族だと言ってくれた。そういう話だろう?」  にこりと笑って言えば、更に肩を落とす彼。何やら、ぶつぶつと呟いていた。 「そうだね。それでこそ、沙希人だよ」 「そうか。ありがとう」  お礼を言えば、諦めたような顔で苦笑して。それから、友人は表情を固くした。その様子に当てられて、気が引き締まる。 「沙希人。大事なぼくの親友」  絆創膏の上から、そっと手を当てる同居人。彼の体温が温かくて、とても心地がよかった。 「大事なきみの体。もっと大切にしてあげてほしい。きみは、すぐに無茶をするから心配だ」 「ごめん」 「本当に悪いと思っているの? だったら、どうしてずっと笑っているのか、答えてみせて」  おれは、空いている左の人差し指で、頬をぽりぽりと掻いた。やや困りつつも、まっすぐな琥珀の瞳には、逆らえない。 「おまえが、おれのことを思って感情を向けてくれているのが嬉しくて、つい」 「う、嬉しくて? それで、笑っているの?」  きょとんとした顔に頷くと、みるみる頬を赤らめて、ぎこちない笑みを浮かべる彼。どうやら嬉しいが、表情に出ないよう堪えているらしかった。 「も、もう……沙希人は、仕方ないな」  口ではそう言いつつも、声が弾んでいた。  穏やかで優しい、平和主義の親友。彼の前でだけは、甘えてしまうおれがいた。 「さ、沙希人?」  隣の肩に、ことんと頭を乗せる。最初は驚いていたものの、すぐに微笑んで力を抜いていた。 「どうしたの? お休みモード?」 「重いか?」 「ううん、平気。気にせず、休むと良いよ」 「ありがとう、凪逢(ゆなた)」 「どういたしまして」  心地よい声に、そっと目を閉じた。確かな温もりに、何でもない時間がかけがえのないものになっていく。  人の面倒を見るのが趣味であるかのような親友と、今日まで兄弟のように育ってきた。幼くして孤児になってしまった彼を、両親が引き取ったのだ。  同じ年で、同じ性別。こんな世の中だ。おれたちは、すぐに仲良くなった。
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