儚き日常

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 父は既に亡くしてしまったけれど、凪逢がいてくれたから、母を支え、幼い三人の妹や弟たちに対して、良いお兄ちゃんでいられる。  彼には、凪逢には、感謝してもしきれない。  凪逢は、家族だ。親友で、大事なおれの家族。血の繋がりなんて関係ない。  絶対に失いたくない。心の底から、そう思う。 「そういえば、割れたお皿そのままじゃない?」 「あ……」 「大変。あの子たちが戻る前に、片付けておかないと」 「そうだな」  彼の言うとおりだ。おれは急いで立ち上がる。すると、隣の男の手で両肩を下に押された。ぽすんと、おれの体が椅子に収まる。  突然のことに、おれは瞳を瞬かせた。 「何をする」 「いいから。沙希人は座っていて。せめて今日一日くらいは、安静にしておくこと」 「これくらい、平気――」 「じゃ、ありません」  またもや、きっぱりと断言される。あまり食い下がっても不毛なので、おれは折れることにした。 「じゃあ、悪いな。頼むよ。気を付けて」 「わかった。任せておいて」  ひらひらと手を振り、扉の向こうへと消える凪逢。自身よりも少し高い背を見送って、おれは手当てしてもらった腕にそっと触れた。 「早く治さないと。そうでなくとも、あいつは過保護だ」  優しさを思い、くすりと笑みを零す。そうしておれは、目を閉じた。ささやかな安穏が、ずっと続くことを祈って。  だが、この時のおれは、考えもしていなかった。  腕の傷とは比べ物にならない痛みが、この先で待ち受けていることを―― ◆◆◆  晴れ渡った空の下。賑やかな町。食べていける暮らし。雨風凌げる家もある。贅沢さえ望まなければ、幸せだった。  この、安全区画の中にさえいれば―― 「ただいま」  すっかりと腕の傷も癒えてきた、ある日のこと。おれと凪逢が揃って帰宅すると、母さんたちが昼ご飯の準備をしていた。 「おかえり、沙希人、凪逢。畑はどうだった?」 「順調だよ。今年は出来が良さそうだ」  手を洗いながら、先程見てきた光景を思い出し答える。すると、妹弟たちがおれに群がった。 「お兄ちゃん、それ本当?」 「おやさい、いっぱい?」 「おやさいっ」 「ははっ、そうだな。皆で一生懸命に育てていけば、たくさんできるぞ。ご飯を食べたら、手伝ってくれるか?」  おれの言葉に、三人が目を輝かせる。こくこくと大きく頷いていた。 「お手伝い頑張る!」 「おてつだい、する!」 「おてつだいっ」 「そうか。三人とも、ありがとう」
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