儚き日常

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 三つの頭を、よしよしと順に撫でてやる。そうしていると、母から声が掛かった。 「さあ、できたわよ。皆で仲良く運んでちょうだい。沙希人と凪逢は、着替えておいで」 「ご飯を運ぶよ!」 「ごはん、はこぶ!」 「ごはんっ」  懸命に食事の準備を進める妹弟たちを微笑ましく思いながら、土に汚れた服を着替えるべく背を向ける。そうして凪逢と二人で戻ると、家族が揃って食卓の前で待っていた。 「お待たせ」 「待っていてくれて、ありがとう」 「さあ、揃ったわね。――では、今日も家族でご飯をいただけることに感謝して。いただきます」  母に続いて、皆で唱和する。  目の前に並ぶのは、畑で作った野菜たち。中には、ご近所さんと交換したものもある。 「この煮物、美味しいな」 「それね、わたしが作ったの」 「そうなのか。沙雪(さゆき)の作ったご飯が食べられるなんて、兄ちゃん嬉しいよ。なあ、凪逢」 「そうだね。とても美味しいよ、沙雪。疲れていたけれど、これで元気いっぱいだ」 「本当? 良かった」  十歳の妹が、おれたちの言葉を受けて得意げに笑う。 「沙登史(さとし)が大人しく一人で遊んでいてくれたから、作れたんだよ」 「そうか。沙登史、ありがとう。後でいっぱい遊ぼうな」  母の横に座る、三歳になる弟の頭を撫でる。  妹は次に、真向かいへ目線をやった。 「沙介(さすけ)はね、皮むきを手伝ってくれたよ」 「そうだったのか。沙介がお手伝いをしてくれて、兄ちゃん嬉しいぞ」  口いっぱいにご飯を詰め込んでいる六歳の弟が、褒められて嬉しそうにする。しかし、あまり噛まずに飲み込むものだから、沙雪に注意されていた。小さな唇が尖り、不満を露わにする。喧嘩になりそうな雰囲気を、柔らかな声が破った。 「沙介、皮むきしたの? どうだった?」  優しい口調で問いかけたのは、凪逢。沙介の表情が、ぱっと切り替わる。 「たのしかった!」 「そう、楽しかったの。じゃあ、楽しく皮むきした野菜、どんな味がする?」  問われて考え込む沙介。ハの字の眉毛で首を傾げていた。 「あじ……わかんない」 「そう……じゃあ、どうすれば味がわかるかな?」 「えーっと……ゆっくり、ちゃんとかむ?」 「ふふ。じゃあ、今度はゆっくり、ちゃんと噛んで食べてみようか」 「うん!」  野菜を選んで、口に運ぶ弟。嬉しそうな姿に、そっと隣の親友へ耳打ちをする。 「さすがだな」 「きみの真似をしているだけだよ」 「おいしい! やわらかくて、あまいよ!」 「柔らかくて、甘いの?」 「うん!」
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