儚き日常

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 二人は、四肢や首を喰われていたのだ。  突然の惨劇に、言葉を失う。  悪夢であっても、見たくない光景だ。 「沙希人……」 「母さん?」  か細い母の声が聞こえて、はっと顔を上げる。おれは、ただ叫んだ。 「母さん!」  母は生きていた。  だが、おれ同様に吹き飛ばされたのだろう。その体は、下半身が瓦礫に埋もれていて、動けないでいるようだった。  そうして、禍神の牙が今にも刺さろうとしている。 「やめろ……やめてくれ!」  必死に這う。遠いわけじゃないのに。これじゃあ、どれだけ手を伸ばしても届かない。 「沙希人、逃げて……生き延びて……」 「母さん! 母さん! お願いです! 誰か! 誰か、母さんを助けてください!」  喉が潰れそうなほどに声を張り上げる。  だが、誰もおれの声になど耳を傾けてはくれない。誰もが逃げるのに必死で、助けてくれる存在など皆無だった。 「嫌だ。やめろ、やめろおおおおおおおおおおおおおおっ――!」  叫びなど、いくらあげようとも意味がない。相手は禍神。言葉など、何の効力もない。  おれは無力だ。目の前で母が喰われようとも、何もできないでいる。  ただ見ているしか、できなかった。 「あ……」  ぼとりと、禍神の口元から腕が落ちた。  優しくて温かい、母の手。おれの頭を撫で、体を抱き締めてくれた、母の腕だ。  大好きな、母の――  ぽろりと、涙が頬を滑った。 「あああああああああああああああああああああああっ――!」  苦しい。息ができない。短く浅い呼吸を繰り返し、体は小刻みに震えている。  皆、奪われてしまった。父さんだけでなく、母さんに妹、弟も、皆。皆だ。  またしても、家族を禍神に奪われてしまった。 「皆…………凪逢?」  そうだ。凪逢はどこだ。彼はどこにいるのか。  おれは微かな希望を胸に、視線をあちらこちらへと向ける。そうして、転がっている栗色頭を見つけた。 「凪逢!」  一目散に、おれは彼の元へ這う。足の痛みなんて、もうわからなかった。 「凪逢? 凪逢、凪逢!」  親友の体に辿り着き、未だ喰われていない様子にほっとする。  しかし、吹き飛ばされた時に頭をぶつけたのだろう。血が出ていて、意識がない。 「息はある……待っていろ、凪逢。絶対におまえは助けるからな」  そう決意した、その時だった。重く鈍い音とともに、体が揺れる。突如として、おれの周りの地面が暗くなった。  ぽたりと大きな雨が降り、凪逢の体が濡れる。そうして、頭上で獣の唸り声がした。 「そんな……」
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