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⑻
「キナコがいない。キナコ、キナコ!」
母の声に、自分の部屋で勉強していた拓斗は、部屋から出て「どうしたの?」と言った。
「キナコがいないのよ、出ていくことなんかないはずだけど」
「キナ? またどっか隅っこに潜り込んでいるんだろ」
風呂から上がった一也が、バスタオルで頭を拭きながら言う。
玄関ドアの外で、「にゃー」と、キナコの声がした。
咲貴子は、まさかと思いながら、玄関を開けてみた。
するり、とキナコが玄関から入って来る。キナコは、コトンと音を立てて、咲貴子の前に咥ていたものを置いた。
「キナコ?」
キナコが置いた物を拾って、咲貴子は、じっくりと眺める。
それは、見覚えのあるビジネスバッグのタグであった。
金属の部分に黒いものがこびりついている。
「勝手口が開いてたんじゃないの? おかあさん、最近ずっとぼんやりしてるから」
拓斗は思い切って言ってみた。
咲貴子は、ハッとなったようだが、そのあと拓斗がびっくりするほど明るく返事した。
「私はぼんやりなんかしてないわ、ねえ、キナコ」
キナコが微かに2回うなずいたように見え、そのあとガッという勢いで拓斗の足にかぶりついた。キナコが甘噛みしてじゃれてくるのはいつものことだが、「こらっ」と言って、キナコの顔を見た拓斗はびっくりした。
「キナコ、顔すごい汚れてる……。血? どっか怪我した?」
「キナコは害虫退治に行ってたみたいよ」
キナコはまた、うんうんとうなずいて、ペロッと丸い舌で口のまわりを舐め回すと、咲の部屋へと入って行く。
ピン、と立てたふさふさした尻尾の先端部は、以前はそうではなかったはずだが、今は「猫又」のしるしを表す、2つに分かれたものになっていた。
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