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⑴
咲が亡くなって1ヶ月過ぎた。
高校1年になったばかりの5月、登校時の交通事故で、まだ15歳だった彼女は帰らぬ人となった。
以来、毎日のように母の咲貴子の夢に、生前と同じ姿をした咲が現れる。といっても、ほぼ眠れない日々を過ごしているので、それは白昼夢というものかもしれない。
「行ってきます」
いつも通り元気よく家を出て、わずか10分後に娘は死んでしまった。
狭い道路を自転車で走行していた彼女は、減速せず走ってきた乗用車と民家の塀に挟まれ、ほぼ即死だった。
家の近くだったこともあり、通りがかった近所の人が事故を知らせてくれ、咲貴子は急いで現場に駆けつけた。その時、咲は民家の塀にもたれかかるように倒れていた。
咲貴子はその時は気づかなかったが、飼い猫のキナコもその場にいた。
あわてて家を飛び出した咲貴子のあとを追いかけて、事故現場まで来ていたのだ。
「咲? 咲! えみぃー」
泣き叫ぶ咲貴子の声に、咲が返事することはなかった。道路は人だかりができていたが、加害車両の運転手は車内に閉じこもったまま、携帯で話し込んでいる。誰かが車の窓を叩いて、ようやく運転手は降りてきた。
運転していた男は、ブランド物の小さなビジネスバッグを小脇に抱えたまま、その場に突っ立っている。
「えーと」
男はとまどったように言って、誰にともなく頭を下げた。バッグに付けられた金属製の大きなブランドのタグが揺れて、朝日にきらめいた。
涙に濡れた咲貴子の目に、それは嫌味なほど輝いて見え、目を閉じて再び声を上げて泣いた。
キナコの虹彩が縦に細くなり、咲のところまで歩いて行く。
キナコは倒れている咲に寄り添って、救急車が来るまで、彼女の蒼白な顔をなめ続けていた。
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