なろう系主人公

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なろう系主人公

 小説家になろう。  そう僕が思ったのはもう何年も前の話で、いつどのように何故そう思ったのかは、もう思い出せない。  それでも僕の中には漠然とそんな意思がある。  しかし、僕は今、小説家ではない。今後小説家になる詳しい予定がある訳でもない。  そもそも、小説家とはなんだろうか。  Wikipediaなんかでは、1冊でも小説を書いていれば、「田中 英樹 日本の俳優、小説家、漫画原作者」といった感じで紹介されることが出来る。  しかし、恐らく田中氏の本業は俳優で、小説家ではない。  ならば小説家とはなんだ。  問題提起しておきながら誠に無責任な事に、僕にも分からない。  だが、1つ言えることがあるとすれば、小説家にはドラマがある。  小説家には、小説家足り得るだけのドラマがある。  小説家を志す特殊な理由でもいいし、癖や逸話、変人自慢などでもいい。それはいわゆる「普通でないこと」である。  僕が今思い出せる、尊敬する小説家の皆様も「巻き込まれ体質だから車の免許を取らない」だとか「元々ロゴのデザイナーで今はバーチャルYouTuber」とかいう、変人奇人ばかりだ。  ならば僕にドラマはあるか。  断言しよう、無い。  無いのだ、何も。  普通の家庭に生まれ、毒親でも過保護でもない普通の親に育てられ、高校に通い、大学に通っている。  妹が1人、されど仲は良くない。  猫が4匹、最近1匹天国へ旅立ったが、さりとてそれも感動的でもない、不謹慎ではあるが、よくある光景だった。  熱帯魚が1匹、しかしながら、地味な掃除屋。  僕の人生にはドラマがない。  起承転結が欲しいわけじゃない、劇的でありたいわけじゃない。  そこに、他人に伝えられる、少し噂になる。その程度のドラマがあればいい。  だが、僕の人生にはドラマがない。  僕はドラマが欲しかった。誰かから愛されたいわけじゃない。  僕は小説家になりたかった。誰かに認めて欲しかったわけじゃない。  小説家とは、無から有を作り出す。夢の職業だ。  小説家とは、自分の世界を無に()す。非情な職業だ。  無に帰す世界が無いのなら、作ればいい。  無に帰して感慨に浸れる程度の世界を作る技量は無かったが、僕の目の前には劇的でもない、平凡だが大きく広がる世界があった。  音を立てて、僕の世界が崩れる。  それは紛れもない、ドラマが産まれる瞬間だった。  僕が生み出した世界が、心が、思想が、産声をあげる。悲鳴のような、産声をあげる。  僕は、小説家になりたかった。  遠くからサイレンが聞こえる。  近くからうめき声が聞こえる。  濡れた手が酷く煩わしく思えた。  吹っ切れた心が愛おしく思えた。  微睡みの中で、昔のことを思い出していた。  血溜まりの中で、そんなことを考えていた。  僕はバケモノだった。  僕は小説家になった。  僕は、小説家になれた。
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