はじまりの雨

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はじまりの雨

 いらっしゃいませ。雨が強くなってきましたね。まだまだ、やまないようですし……。  さあさあ、どうぞ、こちらに。    午前零時を過ぎてから、急に雨が強くなった。ここのところ、雨の日が続いている。そんな日々が、僕を世界から切り離すように思えて、憂鬱になる。こんなにも、感傷的になってしまうのも仕方がない。不謹慎かもしれないが、午前零時を過ぎた病院は死んだように静かなのだ。  僕は、もうじき死ぬらしい。もって、あと半年。医者がそう言うのだから、来年の夏を迎えることはできないだろう。死ぬまでずっと、ずっと、ここにいなきゃいけないようだ。僕しかいない病室に、痛いほど、孤独さを感じてしまう。  僕には、家族がいるのに。最愛の妻、そして今年中学校に入学した息子。運命とは、残酷なもので…。「ずっと幸せにするから」という、妻への誓いさえ、簡単に白紙にしてしまう。それに、「おおきくなったら、お父さんみたいになる!」という息子の成長を見届けることも、許してはくれない。身体が病に蝕まれていくほどに、失うものも増えていく。どんどんと弱っていく身体は、思うようには動かない。今までできていたことが、他人の力を借りなければ、できなくなっていく。感情のコントロールさえ、できなくなって、妻に対して、思ってもいない言葉をぶつけてしまう。そんな僕に、妻は一切の怒りを含む感情を返すことはなかった。ただ、その代わりに、ひどく哀しそうな顔で僕を一瞥するだけだった。やるせない。悔しい。情けない。不甲斐ない。「病魔よ、もういっそ、一思いに僕を殺してくれないか!」そう、何度も何度も、強く口に出したが、言葉は独りの病室の闇に溶けていくばかりだった。  ふさぎ込み、半ば自暴自棄になっていた頃、あるおじいさんに出会った。その日は、雨がしとしとと降り、談話スペースは少し物悲しい雰囲気を醸し出していた。七十歳くらいだろうか、白髪の似合う紳士的な人だった。やわらかな微笑みと、テノールの声。そして、聞き上手。気が付くと、僕はおじいさんに身の上話をしていた。それだけではなく、怒りや悲しみまでも話してしまった。そんな僕に、おじいさんはしわしわの顔をクシャッとさせて、ちいさな声でこんなはなしをした。
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