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『それが今でもこんなかたちで続くとは思いもしなかったな』
あの日。
暴漢から救い差し出された手を取ったことで、この男との運命は決まったのかもしれない。
己の心が強かったなら、志道から想いを告げられても新が断ればそれ以上のことはなかったはずだ。
たとえそれによってぎこちない時はあったとしても、いずれ同志として志を貫く道があった。
共にいれる道が。
けれど自身が取ったのは彼の手だった。
すべては自分が選んだもの。
幼馴染みとして同志としてなら、生涯の友としていられたのかもしれない。
共にあった月日が新に志道に対する情を生み、恋慕のような甘い感情を芽生えさせた。
このような時勢でなければ、と定まらぬ己の心に嫌気がさす。
本来あるべき形に戻す必要が
彼に不幸をもたらすのは己自身なのかもしれないと、新は自嘲の笑みを浮かべた。
「・・・怒ってないよ」
「本当か?・・・だったら、こっちを向かんか」
一度離れた掌が再び伸ばされる。
添えるように顎にそれを充てると、誘うように彼の方へと向かされた。
様々な感情が入り混じり、自分がどんな顔をしているのか分からなかった。
視線を合わせば彼に心の内を気取られてしまうかもしれない。
避けるように長い睫に縁取られた眼を下へ向ける。
「俺の目を見ろ」
そう強い語調で発せられ、添えられている掌に力が篭った。
「何に脅えている。今自分がどんな顔をしちょるか分からんじゃろう」
言葉にはしないが逃がしはしない、とそう言われているような気がした。
「まるで置き去りにされた幼子のような顔じゃ。一体何がお前にそんな表情にさせる」
顎を捕らえていないもう一方の腕に肩を抱かれ、引寄せられる。
二人の間にあった膳が膝に当たり音を立てた。膝の辺りに冷たい感覚が伝わる。
膳の上に乗っていた銚子が倒れ酒が零れたのかもしれない。
「俺はお前が好きじゃ」
間近に真摯な眼差しで告げられると、何も言えなくなる。
普段はおちゃらけている風にみえるが、彼が本気になると体が何かに拘束されたかのように動けなくなってしまうのだ。
すべてが、彼に囚われる
「ぶ、んた・・・ぁっ・ん・」
行灯の柔らかな炎の揺らめきに沿うように、それもまた異様な艶を施して男の胸が次第に大きく高鳴る。
呼吸が僅かに荒くなり始めた頃には、志道の両の手が新の頬を包み指先で耳の裏を探られる。
そのこそばゆさに肩を竦めると、男はにやりと笑みを浮かべた。
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