5人が本棚に入れています
本棚に追加
閉め切った室内に淀む独特の臭気に、意識が引き寄せられる。
季節が夏とはいえ、汗を掻いた肌のままで寝てしまえば風邪をひきかねない。
肌寒さに震え、畳の上にうつ伏せた状態で瞼を持ち上げると、だるさを伴った体と思考をそのままに視線だけを周囲に巡らす。
「まだ、夜が明けてないのか・・・」
幾ばくかすると目が暗闇に慣れてきたせいか室内の様子が分かるようになる。
いつの間にか行灯の明かりは消えており、暗く虫の音だけが耳に届く。
辺りには脱ぎ散らされた着物。
蹴散らされた椀や皿が無残なまでの有様になっており、近くには食い物が散乱し室内に漂う臭いを一層酷くしているようだ。
節々に痛みが走る体を無理矢理に起こしてみると、どさっと何か重いものが倒れる音が耳に入る。
その方向に顔を向ければ傍らにもう一人の人間が転がっていた。
どうやら自身の体の半身に覆い被さるような形で眠っていたらしい。
自分以外の存在をみとめると俄かに体のあちらこちらがじんと痛みが感じられてきた。
その鈍痛にも似た感覚を紛らわそうと転がる銚子に手を伸ばし、たとえ数滴だとて無いよりましと銚子を逆さまに返して最後の一滴までも飲み尽くす。
口角の漏れた酒の雫を拭えば唾液が乾いて皮膚に張り付いている。
醜態をさして気にもさせぬほどに酒の力とはなんと都合の良いものなのだろうと苦笑すら浮かんだ。
畳の上を這い柱にもたれるような体勢を取るだけでも相当な体力を要する。
床の上での行為では無かったために、体のあちらこちらが悲鳴を上げていた。
あの男以外に体を許したことが無い新にしてみれば、尻の部分は言わずもがなだった。
女ではないのだから大事に扱って欲しいとまでは思わない。
むしろ嵐の中に放り投げ出されたかの様な荒々しい交わりは、計り知れない興奮を生み奪い合う口付けや絡まる唾液と舌の感触。
喰われると錯覚すら覚える愛撫に自身の肉体は女子の如く悦びの声を上げた。
「最悪だ・・・」
今宵。
自身が彼の元へやって来た理由は、このような事をするためではなかった筈だった。
たった一言。
『もうやめよう』と、彼に告げる為にやって来たのだ。
最初のコメントを投稿しよう!