Mantis

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「え?」  どうして?  何故を問おうとすると、それより早くレアードが口を開いた。  「傷が深すぎる、もう手当を施したくらいじゃ、助からないヨ」と、淡と言われて……  頭の中が真っ白になった。  声が、息が、思考が、すべてが止まり。  レアードの赤い瞳から逃げるように、視線をミディの方へ逸らした。  ぐったりとした体からは、まだ熱を感じるのに…… (た、す、から、ない……?)  嘘だ。  ただ気を失っているだけだと言ってほしい。  これくらい大丈夫って言いながら、ちょっと辛そうにする姿が容易に想像できるのに。  「父さんたちの借金は、僕がこの薬を完成させればすぐ返せるよ」って、昼間そう笑っていたのに。 「みでぃさま……」  もう、彼の笑顔が見られないだなんて……そんなの、耐えられない。 「いやだ、いやだ、うそでしょう……ねえ、おきてください、みでぃさま!!!」  身体を揺さぶりながら、強く叫んでしまった。  でもいくら名前を呼んでも、全く反応を示してくれなくて。  止まらない涙がミディの上にボロボロ零れても、彼が目を覚ましてくれるような奇跡は起きない。  ……ああ、本当に助からないんだ。  俺はミディの身体を抱きしめながら、心のどこかで……望みを絶っていた。 「エルダムくん」  数秒の間をおいて、レアードが俺の名前を呼んだ。  返事をすることが出来ず、ぐちゃぐちゃになった顔のままレアードを振り返ると……彼はこちらになにやら茶色い小瓶を見せてくる。  手首で瓶を揺らすと、カラカラカラとなにかが入っているような音がした。 「実はね、ここに、今日完成した薬があるんだヨ」 「…………?」  頭の中が混乱していて、何を言われているのか分からず首を傾げる。  そんな俺の反応をレアードはニコリとした笑みで返しながら、その茶色い瓶の蓋をあけ中から1粒の錠剤を取り出した。 「龍血樹で作った万能薬サ」  その言葉を理解するのに、少し時間がかかった。  俺の大怪我も治してくれた、龍の血。  ミディが、両親の為に日々努力し研究し続けてきたその万能薬が……  なぜ、レアードの手に?  いや、今はそんなことどうでもいい。  万能薬をレアードは「今日完成した」と確かに言った。  つまり、その薬があれば……ミディを助けることができる。 「教授、それを早くミディ様に!」  ミディの上半身を支え、もう一方の手で薬を受け取ろうと手を伸ばした。  茶色い小瓶がこちらへ差し出されて、受け取ろうとしたその瞬間。  ……スッ、とそれを上に避けられてしまい、戸惑いながらそれを目で追いかけた。 「1億」 「……え?」  いちおく? 何の数字だろうか。  混乱と緊張と焦りが、俺を責め立てる。  はやく、はやく、はやくしないと、本当に助からなくなってしまう。そんな俺の焦りを楽しんでいるかのように、レアードは大きな丸眼鏡の奥で、赤い瞳を歪ませていた。 「まさか、タダで薬がもらえると思ってるノ?」  いちおく。  それは、この万能薬の売価だった。 「そ、その薬は、ミディ様が開発したものです!」  あまりに常軌を逸したレアードの言葉。  こんな緊急事態で、金銭を要求されるなんて思ってもいなかった。  確かに、レアードは守銭奴のような一面もあったが。  それに万能薬はミディが時間と労力との引き換えに作った薬である。ミディが作った薬なのだから、ミディが買うというのはおかしい。  だけど、そんな訴えはレアードにはなにも響いてくれなかった。 「ザーーーンネン。そんな証拠はどこにもナイ」  レアードの口元が、嘲うように吊り上がる。  そして、施設の広さを表すかのように両腕を広げて…… 「この研究所での発明は、私の発明サ!」  真っ赤な警報灯に照らされた深紅の瞳が、透明なレンズの向こう側で歪んだ笑みを浮かべていた。
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