第1話 健診の記憶

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第1話 健診の記憶

 毎年12月に人事部医務室から社内メールで封筒が届いた。『健康診断のお知らせ』は封筒の表面を見ればすぐにわかる。  いつからだろうか。この封筒を見ると「うわ~、嫌だなあ」と思うようになったのは。仕事を前向きに頑張ろうと思っているときに、この封筒でモチベーションが下がってしまう。若いときは気にもしていなかったのに。    子供のころから、病院も学校の健康診断も大嫌いだった。特に注射は苦手で「幼稚園の時、泣き叫んで拒否するからあんたは一番大変だったと、園長先生がこぼしてた」という話を母親から何回も聞かされていた。  私の両腕は血管が細いのか、いつも注射の場所を一発で見つけてくれない。ベテラン看護師さんなら何ヵ所か見て「じゃあ、ここにしますね」と決めてくれるが、未熟な看護師さんだと、左手を見て、右手を見て、また左手を見て。横断歩道を渡る子供のように。「親指を入れて手を握ってください。グー、パーを繰り返してください」と言われたり、肘の裏あたりを看護師さんがこすったり、たたいたり、ゴムのチューブ(駆血帯)を巻かれたり。血管選びは、いつも看護師さんを困らせてしまう。  「いつもはどちらの手ですか?」と聞かれるケースもある。心の中で「いつも注射針を見てません」と叫んでいる。  狙いを定めた看護師さんが「ちょっと痛いですよ」「チクリとしますよ」「痛くないですからね」「すぐ終わりますよ」と声をかけてくる。恐怖が最高点に達する。  記録は取っていないが、9割以上の確率で『チクリ』と痛い。  針を刺して「痛くないですか?指先に痺れはありませんか?」と聞かれるが「大丈夫です」と、か細い声で答えている。「早く終わらせてください」と言いたいのに。  予防接種の場合は液体を注入してすぐに終わるが、採決の場合、針を刺したまま試験管のような本体部分(スピッツ)を取り外し、別のボトルを装着して、2・3本の血を採ることがある。ベテランの看護師さんは、腕に刺した注射器の針の部分をしっかりと左手で固定しながら、右手でボトルを取り外し、ボトルを上下に振って血をシェイクしてから採血キットの箱に入れ、代わりに空のボトルを手に取り、そっと本体を装着する。流れるような手技で痛みも恐怖も感じることは少ない。  初心者の看護師さんの場合は、ハラハラどきどき感がすごい。段取りも悪いし、手さばきも無駄が多い。ボトルの取り外し、再装着時に針の部分を動かすから、痛みもある。声かけする余裕がない看護師さんのときは、祈るしかなかった。  針は見ないのに、部屋の中や看護師さんの動きや表情を観察してしまう。「ずっと目を閉じていればいいのだろうか」と防止策を考えたりしている。    健診の不安は注射だけではない。35歳以上からの『壮年検診』、通称『オヤジ検診』で行うようになった『胃カメラ検査』が難敵である。    健診のお知らせを手に取ると、毎年、このような負のイメージの『健診の記憶』を思い出してしまう。もういい大人なのに、しょうもない。
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