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第10話 不安な胃カメラ(準備編)
問診が終わり、処置室前の長椅子で待機していた。ベテラン看護師から「前の方がやっているので、ここで準備しましょう」と言いながら、コップを手渡してきた。いきなりだったので心の準備ができておらず、躊躇していると「これは胃の中の泡を取る薬です。ぐっと、全部飲んじゃってください」と説明があった。白いシロップのような液体の薬(消泡剤)は量も少なく、味はスポーツドリンクのような感じだった。
「これを読んで待っていてください」と、ラミネート加工された用紙を持たされた。
『胃カメラの上手な受け方』
①よだれは飲まずに出してください(のどに麻酔をするので呑み込めなくなり、飲もうとすると、咳込みます)
②呼吸は鼻から吸って口から出してください
③医師や看護師の問いかけに答えなくて大丈夫です(丁寧に答える方がいらっしゃいますが、不要です)
④マウスピースを軽く噛んでください(つらく感じた時に)
⑤ゲップを我慢してください
⑤麻酔を感じたら、のってください
何度も何度も読み返し、イメージトレーニングを行った。よだれと呼吸は過去の苦い経験がある。咳込んで止まらなくなり、オエっとなって苦しみもだえ、自分の手でカメラを抜いてしまおうかと思ったことがある。これらのコツは覚えているが、できる自信がない。寒いこの時期は、鼻が詰まっていることが多く、鼻呼吸がしにくい。長椅子で待ちながら、鼻から吸って口から出す呼吸を繰り返し練習した。
時計がないので、どれくらい待ったかわからないが、待ち時間がものすごく長く感じた。イメトレや呼吸練習もあきてしまったころに、処置室から看護師に抱えられた人が出てきた。麻酔がかかっている模様で、足元がふらついていた。よく見ると、うちの会社の役員だった。
すぐに名前が呼ばれ、処置室に入ると、ピンクのエプロンを付けた看護師2名が清掃していた。床にバケツがあり、少し濡れている部分もあった。食器洗い乾燥機のようなものがあり、胃カメラ器具を洗浄していた。役員の顔を思い出してしまった。昨年までは近視で見えなかったのに、白内障の手術でよく見えるようになったため、見たくない部分も見えてしまう。
ベットに座ると、「ノドに麻酔をしますね」とスプレーを吹きかけられ、「飲み込まず上を向いてノドに1分間ためておいてください」と指示があった。ベットの温もりを確認する余裕もなかった。口を開けたままの姿勢で、鼻呼吸をしながら時間を待った。口の中によだれが溜まるような違和感や、咳込みたくなるような感覚もあり、苦しくなっていった。
数年前の胃カメラ検査ではこのノドに溜める時間は3分間だった。初めてのときは我慢できず、2分ちょっとで咳込んでしまった。毎回、このノド麻酔で嫌な記憶を思い出してしまう。
我慢できずにノドの薬を飲み込んでしまうと麻酔が効かなくなり、胃カメラが苦しくなってしまう。今の苦しみと、後の苦しみを天秤にかけながら、じっと時間を待ち続けた。看護師が忙しなく準備をしている姿を見たり。「このままだと役員と間接キッスになってしまう」という邪念を考えたり。胃カメラのコツを思い出したり。1分が長く感じた。
タイマー音が鳴り「薬を飲みこんでください」と言われた。少し苦い味を感じ、飲み込む感覚もいつもと違っていた。
胃カメラ検査の第1関門をなんとか突破することができた。
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