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第9話 クールな問診
「次は胃カメラの前に先生による問診です。診察室の前でお待ちください」と声をかけられた。診察室前の長椅子には先に5名が座って待っていた。診察室は3つあったが、患者が入室していく姿は見られなかった。長い待ち時間との戦いを覚悟した。
「胃カメラ」の単語が頭に残ってしまい、妄想が始まった。
「問診では医師に麻酔をお願いしよう」
「お願いの仕方は「麻酔をお願いします」「前回の検査ではとても苦しかったです」と訴えてみよう」問診リハーサルを繰り返した。
雑誌棚があったが手に取って読む気にはならなかった。壁に貼ってあるポスターは全部読んでしまった。目の前を行き来する看護師や患者の行動観察もあきてしまった。やることがなくなってしまった。
目を閉じて腕組み姿勢で瞑想修行していた。しばらくすると、診察室からアナウンスが入り始めた。一般の患者も混じっていて、予測が立てにくかった。睡魔と闘いがながら心の中を無にする修行を続け、やっと「武藤さん、武藤平蔵さん、3番にお入りください」と出番になった。
診察室の扉を軽くノックして、中に入ると若手の女医の先生が座っていた。
「おはようございます。よろしくお願いします」と丁寧に挨拶をすると、 「お待たせしました。どうぞお掛けください」と言いながら、先生は椅子をくるりと回し、パソコン画面のカルテを確認しはじめた。メガネの視線は画面に向けたまま「体調で何か気になっていることはありますか?」と質問された。どことなく話しにくい雰囲気を感じた。
キーボード入力の後「胸の音を確認します」と聴診器を向けられたが、カーディガンがまたもや邪魔となり、モタモタしてしまった。ボタンを外すか、先に脱いでおくべきだった。
胃カメラの同意書をチェックされ「何かあったら医師の判断ということですね」「胃カメラは初めてではないですね」と質問がきた。不安そうな声で「前回の検査は苦しかったです」と言うと「では、麻酔しますね」と回答があった。頭の中では「え?申告しなかったら麻酔なし?危なかった~」と軽いガッツポーズをとった。
このまま問診が終わりそうだったので健診で気になっていたことをジェスチャーを交えて質問した。
「あの~、お腹の辺りをバーコードみたいな機械でみる検査はしないんですか?」
「エコー検査のことですね。えっと、確認してみます」と、椅子から立ち上がり、バックヤードと仕切られているカーテンの方向へ向かっていった。カーテンをあけながら「この人、エコーないの?」に対して、看護師から「MHCないです」と即答があった。
数歩しか離れていない至近距離で「この人」という表現や、会社名を呼び捨てるクールな会話を聞くと、少し嫌な気持ちになった。
「この先生の胃カメラ検査は大丈夫なんだろうか?」と不安な気持ちがドンドン大きくなっていった。
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