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私は若い頃、皮膚のがんになって、足に手術の傷跡がある。
二十代前半で発覚してから、入院、手術し、その後も5年間の経過観察を終えるまでは、それなりに落ち着かない日々を過ごした。
でも不幸中の幸いで、私の腫瘍は命に関わるものではなく、それから20年も何事もなく漫然と生きてこられた。
だけど時々ふと、自分が世界から浮いているような気がする事がある。
それは一時期でも本気で自分の余命や、死というものを考えたせいなのか、それとも元々の性格だったのか分からない。多分、両方な気もする。
さとるさんに出会ったのはSNS上で、私が主催したイベントに興味を持って参加してくれたのが最初だった。私はあちこちで学んだアートやセラピーのワークを細々とWebで教えて生計を立てている。こんな事ができるのはいい時代だなあと思う。その時もオンラインのイベントだったので、さとるさんと実際に顔を合わせる事はなく、数年間はWeb上の繋がりだけだった。
チャットや、お互いの投稿にコメントし合う気楽な付き合い。さとるさんのアイコンは猫の置物だったので、余計に親しみというか、人間というよりユーモラスなキャラクターとやりとりしている感じがしていた。
そんなさとるさんがある時、がんで手術をしました、という投稿をした。
それに何かコメントをしたかどうかは覚えていない。
そしてまたしばらくたって、2/4の世界がんデーに、がんをテーマにしたワークショップをします。という投稿がされた。
それはさとるさんが長年学んでいるある心理学のメソッドを使って、がんというテーマを扱ってみるという面白い試みで、Webの告知ページにはユーモラスな絵本のイラストが添えてあった。
私はちょうどそのメソッドに興味があったし、がんという自分に関係あるテーマだし、さとるさんにも一度お会いしてみたかったので、参加することにしてWebページから申し込みをした。
私は、今現在、闘病しているわけではない。
世の中にはもっともっと壮絶な、今まさに生きるか死ぬか、あと何年、何ヶ月、何週間生きられるか…という所にいるがん患者さんが沢山いる。
放射線治療や抗がん剤の副作用に苦しんでいる人が沢山いる。
だから既に治療は終わり、再発の可能性もほぼない、と言われている私が、何か言ってはいけない気がしていた。感じてはいけない気がしていた。
あの経験が、自分にとって大きかった、なんて。
*
患者会や家族会みたいな所にも行ったことはない。
病気のことは、普段は誰にも話さない。若いうちはなかなかそんな話題にならないし、言えばビックリされる。気を使わせてしまう。
だから足に残った大きな傷まで、いつの間にか無かった事にしていたのかも知れない。
そんな私でも、さとるさんのワークショップなら行っていいような気がしたのだ。
当日は都内の公共施設の和室に、数人のがん関係者が集まった。
私のようながんサバイバー、今まさに闘病中の人、家族をがんで亡くした人など。
初めて現実でお会いするさとるさんは、知ってはいたけど中年の男性だった。
よくインターネットのアカウントを操作する人のことを「中の人」なんて言うけど、私にはなぜか、あの猫の置物の中の人がこの男性なんじゃなくて、この男性の中の人があの猫さんなんだな、という感じがした。
ワークショップが始まり、まずさとるさんがご自身の経験と、この会を企画した思いなんかをお話しされた、と思う。よく覚えていないので記憶を頼りに書くね。
さとるさんはがんの切除手術を終えて、麻酔から覚めた時に、ご家族に「知らない男の人と踊っていた。楽しかった、楽しかった、楽しかったなあ…」と言ったそうだ。
そしてそこから昔話の「こぶとり爺さん」を思い出したんだって。
眠っている間に異界に行き、鬼と楽しく踊って、がんを取ってもらう…。
私は手術の時はそんな面白い体験もなく、麻酔から覚めた後も体が動かせなくて辛かった記憶しかないので、そんなユニークなエピソード、ちょっと羨ましいなあ…と思いながら聞いていた。でも同時に何か深いところで共感している部分があった。
次にさとるさんが学ばれてきたメソッドの簡単な説明があり、さっそくやってみましょう、ということで1つ目のワークが示された。
それはただ手をゆっくりとがんに近づけ、患部にしばらく当てて、どんな事を感じるかやってみましょう、というもの。
ちょっと怪しい感じもするが、手から出る癒しのパワーでうんぬん…というものではなく、単に体験してみて後で思った事を話し合う、ということだった。
*
私は色んなセラピーのワークショップに出た経験があったので、特に抵抗もなく、簡単だな〜とか思いながら、言われた通りにゆっくりと、左足の傷に右手を近づけていった。
空気の中を、ゆっくり、ゆっくりと。
ロングスカートの布の上からその部分に触れた瞬間、
「あ、ない」
と思った。
「手をがんに、患部に当ててみましょう」というワークなので、私には手を当てるべき場所がないのだった。当たり前だけど、もう取っちゃったから。20年も前に。
「どうでしたか?」
しばらくしてから体験を話し合う時間になった。
プライバシーがあるので他の参加者さんの事例は書けないが、皆んなそれぞれ色んなことを感じたようだった。私は「このワークは、まだがんがある人と、取っちゃった後の人でぜんぜん違う感じでしょうね」と言った。
そう、私にとってそれは喪失体験だったのだ。
がんを取っちゃったことが寂しい、そこにあった肉が、自分であったものが、永遠に失われたことが寂しい。
何を呑気な…と思われるかもしれない。
がんは病気、ネガティブで悪いもの、切り取って捨ててしまうもの…。
それが当たり前なんだろう。
20年前の私は、手術が終わって、まだ血抜きの管がはみ出ている変わり果てた足を眺めながら、ここにあった肉はどこに行ったんだろう?とボーッと思っていた。
返してもらえないのかな。
死ぬ時に、いっしょに焼いてもらったり、いっしょのお墓には入れないんだな。
どこの誰とも分からない肉片や、注射器や?なんだか分からない医療廃棄物といっしょに捨てられるのかな。いっしょに生まれて育ってきた、つい数日前まで私だった細胞が。
そして何度も、お風呂やトイレで座った時に見るとはなしに見ていた、まだ無傷の、真っ白な自分の足を思い出していた。
*
ワークショップは静かに、和やかに進んでいった。
さとるさんの学んでいるメソッドは末期のがん患者に対しても行われた例があるそうで、いくつか専門書を示して教えてくれた。そのどれもが興味深いものだった。薬も使わず手術もせず、と言うか、そういう手段ではもう効かなくなった人が、このワークによって病への捉え方、感じ方が変わり、そのせいか末期だったのに何年か延命した例もあるそうだった。
大きな特徴の一つは、病気は悪いものではなく、何かのメッセージだと捉える事だった。
そのメソッドの考え方もベースにあって、さとるさんのこぶとり爺さんの連想になったんだろう。楽しく踊っていたらこぶを取ってもらえる。でも恐れや邪な気持ちで関わると、かえってこぶが増えてしまう…。
「ある末期の胃癌患者さんは、がんを感じるワークをすると、爆発するような感じがしたと言ったそうです。その後、がんの特効薬が届くが、それは爆弾だったという夢を見るんです。その人にとっては今まで押し殺してきた感情を爆発させるのが大事だったんですね。なので爆発する感じを強めるような動きをしてみたり、色んなワークをしていくと、その人は奥さんと喧嘩ができるようになって、そしてその後、何年か延命されたそうです。」
たぶん一般的にはまだ胡散臭い、怪しいと言われてしまうような話だろう。でも私にはとても頷けることばかりで、そして今ここでならあの話をしてもいいかな、と思った。
「あんまり言ったことないんですけど」
私は話し始めた。
私のがんは足の表面にできるもので、3センチくらいのこぶのようなものだった。
手術するまでは良性の腫瘍だと言われていたので、ちょっと邪魔だったけど特に怖がることもなく、普通に暮らしていた。そして当時の彼氏とふざけてこぶにマジックでかわいい顔を描き、手術の直前などはマンガのような吹き出しを描いて「とらないで〜」とセリフまで言わせて遊んでいたのだ。
「それは…いいじゃないですか」
さとるさんはちょっと感心した、という風に笑って聞いてくれた。
私もそう思った。あれは私にとって悪いものではなかった。
一度も恐れたり忌み嫌ったりすることはなかった。
私にダメージを与えたのはむしろ、手術とその後の身体の扱われ方だった。
その後も色々と興味深いワークをして、そして最後にさとるさんの「こぶとり爺さん」の絵本の朗読があり、ワークショップは終了となった。
参加した人たちと一緒の帰り道で「一杯やっていきますか?」と言うと、現・闘病中の人が「いや、今日はちょっと…」と遠慮されたので、ああ…不謹慎だったかなと反省した。そして道の途中で別れた。また会うかもしれないし、会わないかもしれないな、とかすかに思った。
*
一人になって、夕暮れのビル街を駅に向かいながら取り留めのない空想をした。
私も異界で鬼と踊っただろうか。
「とらないで」とおどけていたあの子は、どこかの世界で鬼の玩具になって、誰かの身体から身体へポコポコと渡り歩いていたりするんだろうか。
第1話 fin
Special thanks 櫻庭さとる
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