声のまにまに

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 地階の食堂は白い壁がところどころ剥げて、下地のコンクリートが露出していた。昼休み、パラパラと学生たちが降りてくる。黒髪や赤毛、白陶色の顔や褐色の手、国籍も性別も、年齢だって様々だ。だけど喋る言葉はみな同じ。だってここは語学学校なのだから。ピッツァやらBLTサンドやら、めいめいが好きなものを好きな場所で食べながら、大声で何か喋っている。輪に加わらなきゃと焦るけど、タイミングがつかめない。信号のない車道を渡れずに足踏みする子どもみたいだ。目を閉じ耳に注意を集中。会話の途切れ目を狙い思いきって声を出す。でも私の掠れ声はバーバラの豪快な笑い声に掻き消されて行き場を失った。外国に来たら何か変わると思っていた。でも私は何も変わっていない。 「日本人は喋れないのに文法はできるからね」  チューターのサラが腰に手を当て、豊満なお腹を突き出して言った。入学して間もない二週間ほど前のことだった。授業が簡単なら一つ上のクラスに移らないか、ただしもっと積極的に喋るという条件でと。確かに文法は易しかったが、会話にはついていけていなかったので迷った。でも日本では控えめと褒められる態度がこの国では消極的と言われるのを知っていたから、思いきって提案に乗った。  この国は緯度の割に暖かい。西を流れる暖流のせいらしい。温かい風に絆されたのかクラスメイトはいい人ばかりだ。日本とは違って私をからかう奴なんていない。良くも悪くも放っておいてくれる。 
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