言い伝え

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「バケモノだ」 ある日、訪ねてきた親戚が少年を見て呟いた。 少年はすでに首の辺りまで緑色に染まっていた。 母親は怒り、親戚を追い返したが、少年の兄弟たちももう我慢ならないと口々に語りだした。 「あいつはもう人じゃない」 「近所の人もバケモノだと噂している」 「寺子屋でバケモノの家だと遠巻きにされている」 父親は難しい顔をしていたが、他の子どもたちのことを考え、少年を座敷牢に入れることを決めた。母親だけは反対したが、それは強行された。 座敷牢に入れられた少年はそんなこと意に介していないかのように、一心不乱に筆を動かし続けていた。 母親は毎日牢に通い、わずかな水と食事を何とか少年の口に押し込み、新しい半紙と墨を差し入れた。そして、少年を抱きしめた。 少年の身体がすっかり緑色に変色し、それこそバケモノという呼び名がふさわしいような見た目になったころ、母親は少年を抱きしめた時、自分の肌も一瞬緑色に変化することに気がついた。それでも母親は毎日少年を抱きしめることをやめなかった。 もう、母親以外は誰も少年の牢に近づくことはなくなっていた。 ある日、母親が夕飯の時間になっても牢から戻ってこない日があった。 父親が牢を覗きに行くと、母親は涙を流しながら少年を抱きしめていた。その身体はすでに三分の一ほど緑色に染まっていた。母親が零した涙は、少年の緑の肌に触れると不自然な青色に変わってゆっくりと少年に吸い込まれていく。 父親は叫び声をあげ、母親を少年から引き離そうとした。 叫び声に気がついた他の子どもたちも牢に集まり、年長の子たちは父親に加勢し、幼い子たちはその異様な光景に身を寄せ合って震えていた。 一体どんな力が働いているのか、母親の身体が少年から離れることはなかった。 母親は、少年にのめり込みすぎたのだ。 それから数か月後、父親が牢を覗くと、そこには誰もいなかった。 大量の文字が並んだ大量の半紙と少年が使い込んだ筆と硯が散乱し、その中に青みがかった緑色の小さな『玉』が転がっていた。 まるで、少年の緑に変色した肌の色に、母親の青い涙が混ざったような色だった。 ***
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