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父親は、ピアノをやめるように母親を説得しだした。しかし、この町で生まれ育った父親と違い、別の地から嫁いできた母親は言い伝えの内容をあまり知らず、ただの都市伝説だと父親の説得を受け入れなかった。
しかし、母親も本当は彼の異常さに気がつき始めていた。
彼が離れないのだ、ピアノから。本当に。
腕全体が緑に染まったころ、さすがに不安になった母親は一心不乱に弾き続ける彼の腕をつかみ、やめさせようとした。
その時、母親は彼の腕をつかんだ自分の手も緑に染まるのを見た。母親は悲鳴を上げて、彼から手を離した。うっすら緑色になっていた手のひらは徐々に普通の肌の色に戻っていった。
「バケモノ……!」
母親がそう呟いたとき、彼は悲しげな表情を浮かべた。しかし、手はピアノを弾き続けていた。
彼の母親は、言い伝えの母親のようにはならなかった。
『息子をピアニストにすること』に執着していた母親は、『バケモノになってしまった息子』をもう愛することはできなかった。
父親はなんとか彼の手をとめようとしたが、自分の手まで緑に変色してしまうことに恐怖し、もうどうにもできなかった。
せめて、ご近所に迷惑をかけないようにと、ピアノ室の防音を強化し、役場に事の顛末を話し、何度も何度も各所に頭を下げて、自分の妻のケアを優先するために町を離れていった。
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