のめり込み、バケモノになる

5/5
前へ
/10ページ
次へ
「……その息子さんが、この家にいるってことですか」 「そうだ。生きている以上は、この町の住民であり、本来なら、親に“捨てられた”わけだから、行政で保護すべき年齢の子どもだ。だが、保護することは出来ない。だから、こうして様子を見に来るんだ。……見に来たところで何も出来ないのだがな」 そんなことが本当にあるのか。私は町長の話を聞いても半信半疑であった。 「さて、入るか」 そう言って、町長は鍵を取り出し、家に入る。私はそれに続いた。 私がその家で見たものは、かろうじて人の形を保った、緑色の物体だった。着ていた服はすでに脱げてしまったのか、それとも取り込まれたのか、全身緑色だった。彼がどんな髪形をしていたのかもわからない、表情もわからない。緑色の物体が器用にピアノを演奏していた。 その演奏は素人でも素晴らしいと思えるものだった。 得体のしれないものを見た恐怖と共に、あの素晴らしい演奏をする彼がどうしてこんなことにと悲しみを覚えた。 「彼は、ただ、ピアノが好きで、大好きな母親を喜ばせたかっただけなんだ」 帰り道、町長が車の中でポツリと呟いた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加