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二.守るべきもの
それからというものだった。
毎日のごとく、
夜が明けぬ中、一人で息せき駆けてく
虎太郎の姿を見ない日はなかった。
細い田んぼのあぜ道を駆けていく姿は
雨の日も、風の日も続いた。
そんな様子を、まるで子猫が躍っているようだと村人たちは
誰もが囃したてた。
そんな、言葉を振り払い
ある満月の夜は、如月山のふもとの
木の幹に何度も体当たりする虎太郎の姿があった。
又、ある時は、濁流の長野川に入水しながら
大きな丸太を抱えて何度も
川を往来する虎太郎の姿もあった。
始めは、そんな虎太郎の姿をただ、ただ笑っていた村人たちだった。
日に日に傷を負っていく虎太郎の体。
手の平には、多くの血豆ができ、破れては赤い汁が吹きこぼれる。
すりへった草鞋を捨てた足の裏には、踏みつけた小石によって皮膚が切り刻まれていった。
その頃には笑うような村人達はいなくなった。
早くにおっ父を亡くした虎太郎は、
この村に育ててもらった恩がある。
ましては病で床に臥せたおっ母や
、今は倒れてしまった兄者のためにも
これからは、自身が家族を守っていかなくてはいけない。
年端もいかない10歳の小童は
、小さい体と心で一生懸命考えて、考えぬいて、
精一杯生きようとしていた。
そんな姿を遠目から村人達はずっと見ていた。
それから二月が立った。
もやしのように細かった体が嘘のように
虎太郎の体は岩山のように大きくなった。
そして、とうとう対決の日がやってきた。
あのバケモノとの対決の日が。
床に伏せているおっ母の手を虎太郎はそっとにぎる
「おっ母……。行ってくるからな!」
真っ白い髪の毛から、かろうじて見えた目が細く微笑む。
そして、縁側でうなだれている兄者に、
「敵はうつ!」そう叫んだ。
返事はなかったが、きっと届いていると信じた。
そうして、戸口を思い切り開けた。
その瞬間、いきなり目の前に飛び込んできたのは、
『虎太郎!頑張れ!』と書かれた、
それはそれは、大きなのぼり旗だった。
と同時に、そこには、爺様やあれだけ虎太郎を笑い者にしていた
村人たちの姿があった。
「きばれよ!虎太郎!」
「お前にこの村の命運を託す!」
やいのやいのと声援を送る村人たち。
虎太郎は滲んでいく眼が震えるのが分かった。
どんなに体は大きくなっても、まだまだ心は小童。
とめどなく流れ落ちる涙の数は、
いつか誰かを守るためにとっておかなくてはならない。
「いざ、参ろう!勝負の時じゃ!」
今、爺様の声が高らかに秋空に舞い上がった。
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