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三.勝負
天高く燃ゆる秋空の袂。
聞こえてくるのは軽快な笛の音。
そして、地を這うような太鼓の音。
神社の境内から鳴り響く音色たちが、戦いの火ぶたを
今か今かと助長している。
今日は年に一度の『童子村相撲大会』
出場する者は、まだまだ年端もゆかぬ小童達だが、
村々の力自慢の小童が大勢そろっている。
その勝敗の行方で村の名誉もかかっているから
、この相撲大会は村上げての一大行事だ。
「負けるなよ~!」
「わしの村の童が一番じゃ!」
「今年こそ、うちの村が勝って、米や酒を持ち帰ろうぞ!!」
そんな、大人たちの嵐のような歓声が飛び交う中、童子村相撲大会は進んでいく。
そんな様子を尻目に、山吹村代表の虎太郎は、バッタバッタと次々に相手を倒していく。
そのたびに、「よっしゃー!」「やったぞ!」
村の仲間からの声援が虎太郎の力になる。
そして、とうとう優勝まであと一人。
あと一人、倒すところまできた。
「ここからじゃ……。」
爺様がゴクリとつばを飲み込む音が、虎太郎にも聞こえた。
場内が一気に静まり返る。
遠くから鳴り響く地響きがだんだんと近づく音がする。
その音の鳴るほうへ、村人たちは恐る恐る目を向けた。
「うぉーーーー!!」
すると、それは突然咆哮した。
その鳴き叫ぶ声は場内に、いや、それ以上に天を突き抜けてこだまする。
ゆっくりと姿を現したそいつの両手に抱えているのは、大きな鶏肉の塊。
それを、貪り喰いながら不敵な笑みを浮かべている。
その瞬間、大きな図体は、いきなりぞわりと飛来し、一陣の風と共に土俵に降り立った。
「バケモンんじゃ……。バケモンが今年もあらわれたぞ!!」
「去年よりも図体がでかくなっている…!」
あんぐりと口を開けて見ている村人たちをしり目に、ゆっくりと現れたバケモノ。
いやバケモノと皆から恐れられている童。
この童こそ、『童子村相撲大会』で
常に優勝している男だった。
毎年どれだけの村の童が、このバケモノのような童の
餌食になったかは誰しもが痛いほど知っている。
年齢は虎太郎とは変わらない。
変わっているのはその図体。
大人顔負けの図体が
今、虎太郎の目の前にそそり立つ。
一瞬、虎太郎の腰がガクンとひるむ。
足がガタガタと震えだす。
ぎらつく眼で、バケモノから見下ろされた
虎太郎は
今や蛇に睨まれた蛙になった。
これまでか……。
その姿を見て山吹村の誰もがそう思った
その時だった。
「自分を信じろ!村のため、おっ母のため、俺のためじゃねぇ!自分のために戦えーーーっ!!」
場内を見下ろすように生えた、樫の木に登った兄者の叫び声が、
土俵を去ろうとしている虎太郎を押し戻した。
その瞬間、村人たちも
「そうじゃ、そうじゃ!虎太郎がんばれ!」
さざ波のような声援が、荒れ狂う、うねりに変わって
虎太郎の肩を更に押す。
身震いした虎太郎は、赤い汁が吹きこぼれる手の平で頬を
強く強く叩いた。
そしてバケモノと呼ばれている相手の、その小童の顔をにらみ返す。
負けじとバケモノもにらみ返す。
今度は、なぜか不思議なほどに、恐怖はなかった。
『自分を信じろ!』
その言葉をもらった虎太郎は腰を
深くかがめた。
「見張って、見張って!!」
威勢のよい行事の声が、聞こえる。
それと同時に虎太郎の全身の血がわき踊る。
体のいたるところから、毛が逆立つ音が聞こえたような気がした。
「待ったなし!!」
行事の声が再び聞こえた時、
ふと、虎太郎は思い出した。
『人生も一緒!いつでも、待ったなし!
だからこそ、全力でぶつかる!』
今度は元気だった頃の、いつかのおっ母の声が聞こえたような気がした。
噛みしめた歯。
握りしめた拳。
そしてゆっくりとしっかりと手をつく。
「はっけよい、のこった!!!」
その瞬間、バケモノの胸に一直線に飛び込む虎太郎は、
今まさに弱い自分を変える猛虎になった。
「のこった!のこった!!のこった!のこった!!」
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