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一.バケモノ
そいつの鳴き叫ぶ声は天を突き抜けたという。
そいつのむさぼり喰らう姿は獣を震え上がらせたという。
そいつの飛来した後の風は風神のように舞いあがったという。
この辺りの、村の誰もが知っている、そのバケモノ……。
自由気ままに生きる生物。
皆、恐れおののいていた。
そのバケモノが歳を重ねるごとに、
更に大きくなればどのような事が起こるかと……。
ある村の者は、西へ。
そのバケモノを倒すため祈祷師に祈りを捧げに。
ある村の者は、東へ。
そのバケモノを倒すための薬草を探しに。
どの村の誰もが西へ東へ奔走していた。
そんなある日の事だった。
今日もここ、山吹村の村人たちも、
神社の境内で夜遅くまで頭を突き合わせていた。
どうやったらあのバケモノを倒せるのかと……。
あーでもない、こーでもないと
脳みそをうにうにしながら考えるものの、良き考えは一向にでてこず。
そのまま、朝日を眺める始末。
数多の若武者達が
倒されていく姿を、毎年、毎年
山吹村の村人たちはあっけにとられて見ている始末。
年を追うごとに、諦めという名のため息の数は増えるも、
それに反比例して、バケモノの図体だけはでかくなっている始末。
このままでは、このままでは
いけないことは山吹村の誰しもが分かっていた。
その時だった。
境内の片隅に座っていた
小童百姓の虎太郎がひょんなことを言った。
「おらが倒す…。もうたくさんだ、おらが倒す!」
あたりは一瞬、静まりかえった後、怒涛のような笑いの渦に包まれた。
「わっはっはー!!」
「豆っ子のようなお前に何ができるんじゃ!」
「そうだ、そうだ!鍬一本抱えることがやっとのお前に何ができるんじゃ!」
「お前は名前とはうらはらに力なんてひとっころもないじゃろが!」
村人たちは一向に囃したてる。
「おらはもういやなんじゃ!目の前で、バッタバッタとバケモノに倒されている村の者たちを見るのが!ましてや、おらの兄者まであんな風に倒されて……。」
虎太郎の兄は、ひ弱な弟と違って腕っぷしも、心肝も強く、村一番の力持ちだった。
しかし、皆に期待されながらも、昨年、あっけなくあのバケモノに倒されてしまった。
それからというもの、あんなに誰よりも強かった兄が床に臥せたのは、風の便りで村の誰もが知っていた。
「お前は虎ではなく、猫じゃ。そんな奴はネズミでも倒しとけや!ひゃっはっはっ!」
執拗な言葉を放った村人の一声で再び、境内は笑いの渦とかす。
「う、う……。」何も言い返せない虎太郎は
とうとう、牡丹餅のような大粒の涙をながすありさま。
「静かにせい!」
一瞬で静寂が取り戻されたのは、村長の爺様の一喝だった。
「いやいや、虎太郎よ。そう言ってくれる気持ちは本当にありがたい。お前の兄者の無念を晴らすためにもということか。ただな、どれだけ数多の力自慢の者が果敢に挑戦しても、
誰しもが瞬時に倒されてしまったではないかい……。
ましてや、それが今度は、お前では……。」
真っ赤な目を、こすりながら虎太郎は言う。
「いやいや、爺様よ。
オラは強くなりたい!
兄者のためでもあるが、この村を守るためにも。
強く、強くなりたいんじゃ!」
村人が叫ぶ。
「お前は病気のおっ母の看病だけしちょけばいいんじゃ!
あとは、倒されてふさぎ込んだ兄貴の世話でもな!」
「そうじゃ、そうじゃ!」
再び、境内は騒がしくなる。
さすがの爺様も今度は目をつむり、黙って腕組みをする始末。
「………。」
多くの罵声を浴びせられる小童の背中は、それはそれはみるみる小さくなっていく。
そんなことはお構いなしに、村人達は又吠える。
「虎太郎!そんなら証拠を見せてみい」
「そうじゃ、そうじゃ、わしらの村を守ってみせるという証拠をみせい!」
寄り添うように爺様は虎太郎の傍に歩み寄った。
「虎太郎……。どうするんじゃ……。」
今にも崩れ落ちそうな体を
必死に奮い立たせる。
そんな揺らめく小童の姿を
いつまでもろうそくの灯は照らしていた。
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