第12章 君が考えるほど、音楽は君を簡単には手放さない。

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パソコンで就職サイトを検索しながら焦りは増してくる。そもそもどういう業界ならここで働いてみたいって気になるのかな。銀行とか商社とかが自分向きじゃないのはさすがにわかる。向こうもごめんだろうけど、こんなぼんやりした気の回らない学生。…そんなのどこでも採らないか。そうですね。 改めて真剣に考えると接客業も多分無理。そうすると流通とか飲食関係もきついな。でも、採用が一番多いのもその辺なんだよね…。 人間の代わりがまだない業界は口も多いけどどういうわけか大概ブラック気味だ。多分、労働生産性が低いから報酬も少なくなるんだろうな。介護とか保育・教育関係とかサービス業とか、確かにあんまり儲けが多そうには思えない。って控えめな表現だけど。 売り手市場って言われても、深刻なミスマッチングがあるから。就活が昔より楽になったのは事実だろうがもれなく『贅沢を言わなければ』って但し書き付き、なんだよなぁ…。 わたしは求人情報のずらりと並ぶ画面に向き合いながらため息をついた。そんな中でもどうしてもこの仕事に携わりたいとか。絶対に何がなんでもこれをやるのが夢なんだ、って石に齧りついてでもって強い意志がある人もいるんだろうし、そういう人材なら会社も採用しようって気になるんだろうけど。 わたしみたいにいえ、そこまでってわけでは。なんて内心で引いてれば当然見透かされるし。だからといってどんな業界でもそれなりに嵌る柔軟性ありますって堂々と胸張って言えるっていうんでもない。こういうのが一番中途半端だよな。 こんな状態じゃいつまで経っても始まらないので、とにかくわたしでも名前を知ってる企業をいくつか見繕って下調べに取りかかる。それと同時に遅まきながら日帰りインターンシップなどにも申し込みを入れてみた。そこが第一志望じゃなくてもいいはずだ。少なくとも建前上は職業体験なんだから。 そうやって何とか重い腰を上げ、ゆるゆると開始したわたしの就活だったが。成果ははかばかしくなかった。 そこそこいいところまで進めた会社もあったんだけど。最後の最後で結局落ちてしまう。ただでさえエントリーしてみた社の数も遠慮がちなので、あっという間に壁にぶち当たった。 今からでもまだ募集してる会社は全然ある。もちろん規模も小さくてあまり耳にしたことのない企業だったりはするけど、入ってしまえばきっと住めば都。知名度に難があるだけでそれなりにいいところが…。 と、自分に言い聞かせはするんだけど。相次ぐお祈りメールに心が折れがちで、ついつい岡庭さんから助っ人やコラボゲストの依頼が来るとそっちを優先してしまう。 就活で落とされるのが続くと徐々にメンタルをやられるっていうのは何となくわかる気がする。 採用担当者がわたしって人間の何もかもを知ってるわけじゃないって思ってはいても。そうは言えどもたくさんの学生を見てきたプロから見たら、わたしみたいな特に長所もなくがむしゃらな前向きな姿勢でもない人間は価値がないって判断なんだろうな。って思い知らされる。 こっちのことなんか何も知らないくせにとか言う台詞もただの負け犬の遠吠え、ただ虚しいだけだ。だって向こうは使える学生を見抜ける選球眼の持ち主なんだから。その人たちから否定されたってことは、わたしは社会から求められてない人材だってことに…。 そうしてるうち、周りの友達連中もぼちぼち内定をもらえるようになってきた。だんだん否定されるのが怖くなってエントリーをしたくなくなってくる。その一方で、ライブはいい。純粋に歌って楽しい気持ちになってその時だけでも気分を上げたい、って思いで依頼を受けるのもあるけど。 何よりここでは自分を求められてる。わたしがステージに上がってもふかです、とマイクを持って挨拶するとその場の空気が一瞬でわっと沸騰する。黒いリクルートスーツを身に纏って身体を硬く縮こまらせてるときには誰にも一顧だにされないつまらない自分。 でも、ここでは。わたしの歌う声がこの場のみんなの上に舞い降りて彼らを満たし、ゆっくりと深く沁み通っていくのがはっきりとわかる。自分の力の手応えをありありと感じ取れる…。 「もふかちゃん。最近どうなの?ちゃんと今まで通り就活続けてる?」
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