君の歌はぼくの歌・第６話

第12章 君が考えるほど、音楽は君を簡単には手放さない。

「それでも、この会社に就職したら歌えなくなる可能性もあるなって思うと…。どうしてもそこは割り切れない。自分のバンドはなくなってゲストとか代役の口しかなくなるかもだけど。それでも、歌っていたいの。ライブに全然出られない生活になんて。多分もう戻れない」
「だったら。尚更プロになる、って選択肢だって検討の余地があると思うけど」
わたしが俯いてぼそぼそ述懐すると、堂前くんの冷静な相槌が。
岡庭さんは黙って聞いてるだけで何も言わない。もしかして、自分が間に入ったせっかくの大チャンスを棒に振ったってことでめちゃくちゃ怒ってんのかな。と思いつつ、わたしは何とか自分の考えをわかってもらおうと懸命に言葉を探した。
「それはそうだと思うんだけど。…でも、人前で歌うプロになるって言ったって。どういうアーティストになるかが問題でしょ。だってわたしは自分で歌を作れないから。自作の曲を歌うんなら、デビューするにしても今現在の自分とそれほど大外れな路線にはならないって予想がつくけど」
「そこは。確かにまあ、そうかもね」
そこでやっと、岡庭さんが考え深げに口を挟んだ。
「どういう歌をもらってどういうキャラクターを前面に打ち出すのか。そこを含めてプロデュース次第なところはあるよね。そういう話はあったの？先方からは」
自分の答える声にいかにも気乗りしないのが滲み出てしまい、あまりの正直さにちょっと内心で笑えてくる。
「…可愛いキュート路線でいきたい、みたいなことを。迫力ある歌い方も出来るのはわかってるけど、最初はやっぱりわかりやすいキャラで魅力を伝えていきたいって…。それであの会社がプロデュースしてるアーティストを調べてみたんだけど」
わたしの口から出たいくつかの名前に堂前くんは僅かに首を傾げた。
「一応名前は知ってるけど。歌とかは一つも思い浮かばない。どんな曲があるんだっけ」
岡庭さんがフォローするように言葉を挟む。
「みんなヒット曲もあってすごく売れた人たちだよ。堂前くんが名前知ってるくらいだから知名度抜群てことだよね。でも、…うーん。アイドルとアーティストの中間くらいかな。最近はファッションとかライフスタイルのインフルエンサーみたいな活動が多いみたいだね。SNSに私生活の写真とかアップして、それがニュースに出たりとか」
わたしは肩をすくめた。
「わたしもあんまり守備範囲じゃなかったから。改めてその人たちの曲をまとめて聴いてみたけど…。同じ傾向の曲が多くて。どれも似た感じかなぁ、って印象が強かった」
「いろんなジャンルの歌を歌いこなせる技術がない可能性もある。板谷と違って」
冷静な堂前くんの突っ込みにわたしは首を横に振った。
「みんなそれぞれ歌は上手かったよ。わかんないけど、最初にこれでヒットしたからこの路線で行こう、みたいな縛りがなくもなかったのかなって。そうしてるうちに違う傾向の曲が合わなくなっていったのかも…。そう思うと。なんか、わたしのことをよく知らない人たちに自分のプロデュースを任せるってことが。だんだん怖くなってきちゃったんだよね」
「うーん…」
岡庭さんは両腕を胸の前で深く組み、重々しく唸った。
「それは。…理解出来なくもないかなぁ。もふかちゃんがセルフプロデュースできるくらいがっちり曲の傾向やキャラが固まってればそれはそれだったんだけどね。確かに今のままだとふんわり可愛いキュート路線で売り出されちゃう危惧がなくはないなぁ。そこは君の真骨頂じゃないと僕も思うけどね。…でも、もふかちゃんの意思が全く汲まれないとは限らないでしょ？こういう曲が歌いたいとかこの路線で行きたい、とか。どんどん表に打ち出して意見言っていけば？」
「…この人にそういう押し出しがあれば、ですが。それができない性格だから今の中途半端な立場があるわけで」
岡庭さんの明るい前向きな提案に対しての、容赦なくクールな堂前くんの現実的意見。
わたしも情けない気分で頷いた。