第12章 君が考えるほど、音楽は君を簡単には手放さない。

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「わたしもそう思う。なんていっても歌いたい歌はどんなの?って訊かれても。未だにどう返していいかもわかんない薄ぼんやりのへなちょこボーカルだから…。特にないんです、って答えてじゃあ、ってどんどんこれって曲をあてがわれて。なんか違うなって感じながらも代替案を出せずにもやもやしながら言われるがままに歌う自分が見える。…もしそれで持ち歌がヒットしてプロの歌手になれても。それが自分の望んだ未来なのかな?って」 「わかった。大体言いたいことは」 堂前くんが珍しく深いため息をついた。 「僕もその不安に共鳴しないこともない。何となく、で流されて中途半端にアイドルみたいなアーティストみたいなふんわりした存在として売り出される板谷が目に浮かぶよ。違う、こうじゃないと思ってもきっとろくに意見もできないだろうしね。…そう考えると少なくとも今回の話は見送った方がいいのかもしれない。でも、今後はどうするつもり?」 いい機会だとでも思ったのか。そこで話を終わりにせずにすかさず斬り込んでくる堂前くん。わたしは不意を突かれて口ごもる。 「…どうする、と言われても。何とかどこかの会社に引っかかって。どうにかして今後も東京に居残れる道を探る。…くらいしか」 つまり、今まで通りってことだよな。とぼんやり答える危機感のないわたしに対して彼は容赦がなかった。 「それはそうするしかないにしても。就職は当たり前として、音楽もだよ。このまま放浪のゲストボーカルとして東京に居残って、それでどこまで行ける?自分のバンドがなきゃデビューするチャンスもあまりない。今回みたいに歌手として芸能プロからスカウトがあってもこう売り出したい、って自分の確固としたイメージがなければ今後も同じことにしかならないだろ」 「つまりは、どういう歌を歌う歌い手になりたいか。そのプロデュースは自分自身で考えなさいってことだよね。音楽を続ける気があるなら」 岡庭さんが楽しそうに上から被せてきた。…まあそうだけど。何なの二人して。 「つまりもっと言えば、自分で歌う曲は自分で作るのが一番だってことだよ。そうすればどんな芸能事務所がどんなイメージをつけようとしても自分がほんとに歌いたいものを歌える。曲や歌詞でちゃんと自分を表現できてれば、プロデュースされたキャラなんてものはおまけでしかないよ」 至極真っ当な理屈を持ち出されてわたしは憮然と腕を組んだ。 「それは。…もちろんそう、なんですが」 それができればやってるよ。と内心で言い返した途端堂前くんに淡々と突っ込まれた。 「できればとっくにやってる、って顔が言ってるけど。実際には取り組んでみたこともないだろ?今は音楽の専門的な知識がなくても作曲できるアプリがいくつもあるってもちろん知ってるはずだけど。ちゃんとインストールして、起動したことある?」 う…。 痛いところを突かれてぐうの音も出ない。確かに、無理に決まってる。と脳内で考えただけで、実際にそのアプリを見たこともない…。 声を荒げないけど柔らかい雰囲気もない、素っ気ない堂前くんの指摘が尚も続く。 「鼻歌とかハミングからでも旋律を拾ってくれる機能があるから。駄目元でとにかく試してみるといい。ふとした瞬間に何かいいものが生まれてくるかもしれないよ。…板谷みたいな人は結局、自分で自分の歌を見つけるしかないと思う。歌いたい歌はなくても歌いたくない歌はあるってタイプだから」 「はは。ケータに誘われても結局首を縦に振らなかったのもそれでか」 思わず、といった様子で笑い出す岡庭さん。ていうか何で、わたしが彼に勧誘されたこと知ってんですか。堂前くん以外に誰も相談しなかったのに。自分のバンドの他のメンバーにも、オーバくんや春乃さんにも。 あとでケータくん自身が断られたことを自ら岡庭さんに愚痴った、って知ったけど。その時はそんなこと知る由もない。 「何でも歌いますよぉ、って態度全面に押し出してるけどそれはあくまでも代役とかゲストとしてだからな。持ち歌ならやっぱり正直拘りはあるんだ。だったら時間かけてでもそれを見つけていけばいいんじゃない。今からでも別に遅くないよ。若いんだし、まだ」 そうかなぁ。大学卒業しちゃいますよ、もうそろそろ。 いつまでもふらふらモラトリアムしてる歳でもないよな、と自嘲するわたしの前に急に改まった態度で身を乗り出す岡庭さん。 「…もふかちゃんが今回デビューの話を受けるかもと思ったから。これは結局こっちの腹案に終わるかな、って考えてたけど」 「…はい?」
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