不安

1/1
前へ
/36ページ
次へ

不安

(ティノゼさんの言う通りだ 繰り返してほしくないなら、強く言うべきなんだ 原因を問いただすべきなんだ…… でも…でも、エルニ様はそれが一番嫌いで) そんなムエクの苦悩など知らず、窓の外では月が輝いている そんなつきを見ていると、いつの日かエルニと二人で月を眺めたことを思い出す まだ妖精王の森があった頃の幸せな思い出 もう戻らない、あの日の大切な思い出 (あの日に戻りたい…幸せだったあの日に そうだ……街の外れに泉があったはず そこにエルニ様を連れて行こう 少しでも気分転換になったらいいかも) 「エルニ様…、起きてますか?」 返事がない (寝ていらっしゃるのかな? やっぱり今度に……) ドアの前から離れようとした時、嫌な胸騒ぎがした (確かティノゼさんも同じような状況で…… でも…いや、一応確認しておこう) 「エルニ様、入りますよ」 鍵がかかっていない ドアを開けると、窓辺にエルニはいた 月光が美しい羽根を照らし、その光で輝く鱗粉は昼間と違った美しさを醸し出していた 窓に足をかけ、今にも飛び出しそうな格好でなければ見惚れていただろう 「ムエク、どうしたの?」 「エルニ様こそ、どこに行かれるんですか?」 「ちょっと散歩だよ」 「今からですか?」 「だって今からじゃないとこの格好で出られないでしょ? たまには羽根を伸ばさないと鈍っちゃうし」 「守衛に見られるかもしれませんよ? そうなったら……」 「気をつけるから大丈夫だよ」 「僕もご一緒します」 「いいよ、一人で大丈夫だって」 「ダメです、行かないでください お願いします、エルニ様」 駆け寄って強く手を握る 「何でそんなに必死なの? ティノゼ君に聞いた話のせい? あれは酔ってただけだし、今日は大丈夫だって ね?だから手を離して」 「嫌です」 「どうして?」 「この手を離したら…エルニ様がどこかへ行ってしまって……、そのまま戻ってこないんじゃないかって そんな気がするんです お願いします、エルニ様 僕を置いて行かないでください! 僕を一人にしないでください!! 何がエルニ様をこうさせるのかはわかりませんし、エルニ様はそれを聞かれることを嫌うのを知っています だから、無理に聞き出したりはしません ですが…ですが、どうか一人で抱え込まないでください 僕はまだまだ頼りないのかもしれませんが、僕だってエルニ様の役に立ちたいんです 頼る前から逃げないでください ティノゼさんだって、僕だって、少しでもエルニ様の力になれるはずです お願いします、エルニ様がいなくなったら…僕は……僕は、どうすればいいのですか? たった一人、妖精族の生き残りとして 故郷も…仲間も…何もかも失った今 いったいどうすれば…?」 泣き出しそうな声でそう告げる 堰を切ったように言いたかった想いが溢れ出る 握った手に縋る 確かにあるその温もりが、また消えてしまいそうな気がして、どうしようもなく不安になる 「あの日……、森が燃えて、エルニ様が倒れていた時、 エルニ様の魔力や体温が徐々に弱々しくなっていった時、 すごく不安だったんです このまま消えてしまったら…どうしようって なのに、何もできないのが歯痒くって エルニ様を失うのが怖くて…… だから…だから…ッ?!!」 突然、抱きしめられる 「エ、エエ、エルニ様?! (ウワァ、何かすごくいい匂いがする じゃない!!今はそういう事を考えてる場合じゃない!) あ、あああの、これは?」 「ごめんなさい ムエクにそんな思いをさせちゃって 本当にごめんなさい アタシ、あの日の事とか、ドルイドとの付き合い方で頭がいっぱいで周りの事を考えれてなかった 心配してくれて本当にありがとう アタシが弱いばっかりに……」 肩に顔を埋め徐々にか細くなる声でそう言う 真っ白だった頭にゆっくりとその言葉が浸透していき、混乱していた思考回路が徐々に落ち着いていく そっと背中に手を回す 微かな震えが伝わってくる (エルニ様だって不安なんだ 今言葉にできたこと以外にもきっと沢山の事が……) そう思った途端、エルニが急に非常に弱く脆い存在に思えた 今までの行動が全て気丈に振る舞っていただけのように思えた 「弱くったっていいんですよ 誰だって不安なことがあると弱くなるものです」 「ごめんなさい こんなのじゃ…妖精王なんて名乗れない それに…あなたを守ることも……きっと」 「大丈夫です 僕はもう、エルニ様に守られるだけの子供じゃないんです 今度は、僕がエルニ様を守る番なんですから」
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加