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「ニャア……!」
ドアを開いた途端。母の腕の中のネコチャンが感激の声を上げた。お隣の家の、上品そうなマダムの腕の中には――同じように猫がだっこされていたのである。それも、艶やかな毛並みが非常に美しい黒猫が。
「こんにちは柴田さん。私、となりに引っ越してきました斎藤と申します」
お上品なマダムこと斎藤さんは、優しげな笑みを浮かべてご挨拶をしてくれる。――くれるのはいいのだが、私は既に気が気でない状態だった。
「柴田さんも猫ちゃんを飼ってらっしゃるんですね。私もなんですよ。この子はマルシェ、一歳の男の子なんです。それで……あら?」
「ニャアアアアアアアア!」
「ちょ、何しとんのネコチャアアアアン!!」
母の腕の中でバタバタと暴れ始めたネコチャンは。勢いよくそこから抜け出した後、あろうことかいきなり斎藤マダムの愛猫であるマルシェに飛びかかったのである。
びっくりして地面に降りるマルシェ、よだれたらさんばかりのみっともない顔で襲いかかるデブ猫、完全にフリーズする人間勢。
「ね、ね、ネコチャンおま……離れろ!離れろってば!」
ネコチャンは完全にマルシェに夢中のようだった。凍りついている美猫の後ろからお尻の匂いを嗅ぎ、頬ずりし、甘えた声で求愛する始末である。
そう、私にはわかる。今こいつ、目の前の黒猫に一目惚れしやがったのだ、ということに!
――あああお前バカ!本当にバカ!!
シャッターチャンスなのはわかっていた。今ならいくらでもネコチャンの写真を撮りまくれるだろう。なんせこいつと来たら、私達のことが完全にアウトオブ眼中になっているのだから。しかし。
悲しいかな。根がツッコミ気質の私は、固まっているマダムへの配慮さえも忘れて心の中で叫びまくっているのだった。
――お前男!しかも去勢済みだろうが!よりにもよってお隣のマダムのショタに手を出してんじゃねー!なんでよりにもよってジジショタBLなんて奇抜な展開持ってきてるんだよ誰得だよ猫だよ薄い本じゃねーよ!!
果たして、目の前の美しい猫がオスであるという現実に、いつ我が家のネコチャンは気づくのだろうか。そして私はそれまでにスマホのシャッターを切れるのか。
残念ながら、それは神のみぞ知るところである。
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