28.対決

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28.対決

28. 対決  美子は薄れる意識の中で今井イネを哀れんだ。  なぜ、長屋の人たちはイネを救ってやらなかったのか。一人がだめなら長屋の住人達が立ちあがれば、男たちからイネを救えたはずだ。  救わなかったのは、3人の男たちが怖かっただけではない。  病に伏せたイネは疫病患者のように見えたのだろう。  長屋の住人は、3人の荒くれ者を使ってイネを長屋から排除しようとしたのではないか。  しかし、どんな理由があろうと人を殺めることは許されないと思った。 「悪霊の操り人形になるか!」  美子は汚水の中で唸ってイネの幻像を頭から払おうとした。  その時、法眼の声がした。……悪霊に襲われたら自死するのだ!   意識の炎が消えてイネに塗り替えられる寸前だった。  右手が汚水の中の電磁棒を掴んだ。 「お前に体は渡さない!」  美子は最後の力をふり絞って、タイマボのタンを押して電磁棒を自分の体に刺した。  美子の全身に五十万ボルトの電気が走り、美子の悲鳴が洞窟の中に響きわたった。  美子の心臓がドクンと大音響で美子の耳に響くと、その瞬間、心臓が止まった。 「くそ!死ぬつもりか!」  赤い幽体が美子の両目から飛び出した。  美子はそのまま仰向けで汚水の中に倒れこんだ。  赤い幽体の玉は醜いイネの姿に戻った。 「エエイ、憎い女だ。死んでしまったぞ!」  イネは、山田に向かっていら立って言った。  その時だった。  汚水の中で電磁棒のタイマが働き、電磁棒が汚水の中で放電し、美子の沈んだ周囲が光った。  その電気ショックは美子の心臓を蘇生させた。   汚水の中に倒れていた美子は目を開け、右手で電磁棒を掴んだ。 (法眼の悪霊に取りつかれたら自死する考えは正しかった)  イネは山田がビックリして指さしているので振り返った。  起き上がった美子は、電磁棒を高くかざして、スイッチを入れた。  電磁棒の二本の電極間で放電し、電磁波が洞窟内を駆け巡った。  巨大洞窟のゴツゴツした岩肌に電磁波が衝突しては反射して何度も駆け巡った。    巨大洞窟内は電磁波の巨大な牢獄になったようだった。  イネはその牢獄の中で、稲妻のような電磁波を受けて悲鳴を上げた。  その体は陽炎のように大きく揺らぎ始めた。  イネは自身の異変に狼狽した。 「悪霊! 成仏しろ!」  美子はそう叫んでイネの額に電磁棒を刺し込んだ。  美子が持った電磁棒がイネの額を打ち破った。  イネはさらに大きな呻き声を上げた。  美子は電磁棒をイネの額から抜いた。  イネの顔から皮膚が溶け落ち骸骨となった額の穴はみるみる大きくなった。  イネの悲鳴は乱れ、歪んで聞き取れないザーという雑音のような音になった。  イネの体が消えかかっていた。 「悪霊! 成仏しろ!」  美子はイネの体を電磁棒で横一文字に切った。  その瞬間、イネの体は真っ二つになると粉々になって洞窟内に飛び散った。      美子は終わったと思った。  心身の疲れが限界に達していた。  急に全身の力が抜けて汚水の中に座り込んでしまった。  まだ全身が震えている。  美子は法眼と中山刑事を失い、『悪霊に勝った』という高揚感も満足感もなかった。  ただ虚しかった。  中山刑事は二人を助けるため、鼠の大群の防波堤になって亡くなった。  法眼は、美子を洪水から救うために命を落とした。  美子は法眼を失って、初めて特別な存在になっていたことに気づいた。  涙が溢れ止まらなかった。  その時だった。「よしこさん!」  暗闇の奥底から声が反響して聞こえたような気がした。 「え!」  美子は声を漏らし、声の方角を追った。 「ここよ!」  美子は声を絞って叫んだ。 「美子さん!」  懐かしい声音だった。  法眼だった。  法眼は洪水にのまれた瞬間、酸素ボンベに切り替え流されたが助かったのだ。 「先生!」  美子の目が輝いた。 了
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