13.法眼の霊視

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13.法眼の霊視

13.法眼の霊視 「先生の霊能力についてお聞きしてもいいですか」 「もちろんです。私の本名は上条翔と言います。二十二歳の時に交通事故にあい、二週間意識がありませんでした。  意識を取り戻してから、入院中に何度も死者の姿や声を聞いたのです。初めは事故の後遺症だと思っていました。医師から一次的に脳にダメージを受けて幻視や幻聴になることがあると言われましたから。確かに、私の見た死者は生前病院で会ったことがある人でした。  ところが退院してからも死者の姿や声を聞いたのです。その死者は私の知らない人でした。知らない人を脳が想起することはないでしょう? 死者はいつも私のそばにいて自分の思いを残された家族に伝えてほしいと言うのです。  私は心霊研究家となるか迷いました。霊感の強い人はいます。しかし、相談者の問題を解決できなければ霊視も意味がありません。相談者はいろいろな方に相談し、絶望して心霊研究家の元にくるのです。問題を解決できなければ、さらに苦しめることになる。  それに死者の姿や、声は幻視、幻聴の可能性も否定できませんでした。 そこで、私は、仏門に入り3年修行をしました。インドでは、瞑想の修行もしました。大学で心理学を勉強しなおしました。  難行苦行の中でトランス状態になり、見えないものを見たり聞いたりして悟りを得たという人もいます。  しかし、私は、修行する前も、修行中も修行を終えた後も、死者の姿と声を見聞き続けたのです。   ですから、死者の姿や、声は幻視、幻聴ではないと確信したのです。 だから、心霊研究家になりました」  法眼は霊視能力を獲得し修行した時の事を淡々と話した。  美子は慎重に法眼の仕草や態度、目の動き、唇の動き、手足の動き、声のトーンを観察した。 そして、美子は法眼の真摯な態度、話に共感し、初めて本心から頷いた。  法眼は再び話し始めた。 「マンホールのニュース映像で何かを感じたのは事実なのです。そこで、放送後に事件のあったマンホールに行ってポラロイド写真を撮ってきました」  法眼は席を立つと、何枚かのポラロイド写真を持って戻ってきた。 「これがマンホールの底で男性の遺体が発見された時の写真です。これが二件目のマンホール事件の写真です。これが爆発事件のマンホール写真です」  法眼は写真をテーブルに丁寧に並べると、顔を上げて美子を見た。 「写真の端に霧のようなものが写っていますね」  美子は、写真の一枚を手に取って不審そうに言った。 「写真を逆にしてみてください」 「はい、え!」  美子は写真を逆にして絶句した。ぼんやりしていたが、それは髪の長い痩せた女性の上半身のように見えた。美子は動揺した。 「先生、これ? 心霊写真ですか!」  美子は写真を慌ててテーブルに置いた。 「そうです。他のマンホールにも同じ女性らしい姿が映っている。間違いないですね。拡大してみると着ているのは縞柄の着物のようです」  法眼は瞬きをせず答えた。 「霊が殺人をしたというのですか?」 「悪霊が直接人を殺すことはできません。だが、人を操って事件を起こすことはできると思う」 「悪霊に操られて殺人をする?」 「そうです」 「信じられない」 美子は頭を左右に振った。 「では、霊的嗜好の強い変質者が無差別殺人を犯しているという仮説なら信じますか」 「霊的嗜好の強い変質者?」 「そうです。事件の前後で失踪した人間がいるはずです」 「山田一郎が失踪していることが分かっています」 「足取りはつかめていないでしょ?」  法眼は美子の顔を覗き込んだ。 「残念ながら……」  美子は肩をすくめた。 「被害者には共通点があったはずです」 「これからお話することは他言しないでください。三人の被害者の本籍は皆富浜区東新国一丁目でした。関東大震災前は、小運送店の集まるターミナルだったようです。  三人の祖父たちはそれぞれ運送の仕事をしていたことまでわかっています。  それから、公表はしていませんが、被害者の瞳が白濁していました」 「悪霊と祖父たちの関係は分からないが、目の白濁なら事例があります。 急に家庭内暴力を始めた男性の相談を受けたことがあります。その男性は結局、病院に入院したのですが、瞳が一部白くなっていた。家族に聞くと暴力を始める前にはなかったと言っていた」 「じゃ、瞳の白濁は悪霊の仕業だと……いや、やっぱり悪霊の話は信じられないわ」 「わかりました。でも、マンホールの管路を調べたほうがいい」 「殺人現場は別のマンホールということで捜査しました。犯行のあったマンホールは再開発中の空き地でした」 「すると、被害者が管路内を流れてマンホールに流されたのは悪霊の力ということに……」  法眼が首を傾げながら言おうとしたので、美子は遮った。  「管路内の汚水の水位が上がっていたのです。それで流されたのです」 「二件とも被害者が流されたと? 偶然水位が上がっていたと?」  法眼はそう言って顔を横に振った。
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