19. 物証がすべてなのか

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19. 物証がすべてなのか

19.物証がすべてなのか 「分かりました。貴方は刑事だ。物証が全てだというお気持ちはよく分かります。……中山刑事、一連のマンホール事件は霊的嗜好の強い変質者の犯行だという仮説はどうですか?」   美子はその言葉を聞いて思わず口元が緩んでしまった。法眼は美子に言った同じ言葉を中山刑事にぶつけたからだ。霊的嗜好の強い変質者か……美子は呟いて、この言葉は呪文のようだと思った。 「霊的思考の強い変質者?」  中山刑事の目が大きく開いた。 「そうです。連続殺人は悪霊となったイネが起こしている。しかし、悪霊は直接人を殺すことはできないから協力者がいる」 「それが霊的嗜好の強い変質者だと言うのですか」 「そうです。犯行前後に建設作業員が失踪しているそうですね?   最初の被害者は宴会の後、駅に向かっているつもりで、実は悪霊に操つられた作業員に導かれて違う路を歩いていたのだと思います。富浜区は再開発されましたが、まだ広大な空き地もある。被害者はそこに誘導されて殺された。そして、悪霊となったイネは被害者を発見されたマンホールへ送った。  再開発で使わなくなったマンホール、つまり消えたマンホール・管路の先にはイネの墓があると思います。その墓を探れば、一連の事件を起こした男を発見することができるはずです」  中山刑事は消えた建設作業員が共犯という言葉に関心を持った。法眼はその変化を見逃さなかった。三人は再び居間に戻った。 「これは国会図書館で調べた大正時代の下水管路図と再開発後の管路図です。青木刑事の調査で再開発後に消えた管路があることがわかりました。そこで地図に現在ある管路を青いペンで、再開発で地下に埋もれた管路を赤いペンで描いたのがこの地図です」  法眼は管路図を中山刑事に示した。 「この赤い線のどこかに墓があるに違いないのです。山田は偶然墓を発見したて、イネに憑りつかれたのでしょう。墓の近くに山田がいるはずです」  法眼は美子に相槌を求めるように目を合わせた。中山刑事は僅かに頷いた。法眼はその仕草を見逃さなかった。 「悪霊、いや悪霊に憑りつかれた山田と戦うためには武器が必要だ。しかも、戦う場所はマンホールだ。十分な支度が必要です。準備するまで三日待ってください」    法眼は美子、中山刑事に言った。    美子、中山刑事が富浜署の会議室に戻ってきた。まだ十人以上の刑事が詰めていた。 「中山刑事は心霊研究家と会ったのだろう。どんな男だった?」  有馬管理官が言った。理詰めの青木刑事が心霊研究家の意見を聞きたいと言いだしたので、有馬管理官は法眼がどんな人物なのか興味があった。 「心霊研究家というより心霊スポークスマンという印象でした。霊能力があるかは私にはわかりません」   中山刑事が言った。 「それでいい。捜査は冷静に対応しないといけない」   まるで美子に言っているようだった。  翌日、美子の進言通り、第一被害者・若狭良一のマンホールの底にあった毛髪は、DNA検査の結果、建設作業員の山田の毛髪であることが判明した。  有馬管理官は、山田の周辺を再度洗い直すよう刑事たちに指示した。  数日後、刑事たちは、作業員から掘削工事の改ざんで監督から100万をもらったという証言を得た。  監督、二人の作業員を任意同行して尋問が始まった。  刑事たちは連日、「山田を殺害しようとしたんだろう」「山田を逃亡させただろ」と尋問した。  ついに、監督と二人の作業員は、山田に工事改ざんを知られたため、掘削機で開けた穴に山田を投げ込んだことを白状した。  有馬管理官は捜査方針を変更し、掘削穴に落とされた山田が、何らかの方法で脱失後、精神を病んで連続殺人事件を行ったとして指名手配した。 「青木刑事、ちょっといいか」  須藤課長が富浜署の屋上に美子を呼び出した。 「今回の事件は青木刑事の推理通りだった。厳しいことを言ってすまなかった。中山刑事をよろしく頼むよ」 「私こそ、これからも指導お願いします」  美子は一礼した。  須藤課長は言い終わると、階下の会議室に戻って言った。  美子は須藤課長の背中にまた一礼した。  須藤課長はたたき上げでベテラン刑事を経て課長になった。  美子が想像できないほどの事件現場に立ち会い、靴をすり減らすほど証拠集めに奔走してきたのだ。その体験が刑事の感を研ぎすましてきたのだと思った。 「それは女性刑事の感かね」と須藤課長は 私が仮説をいうたびに 言ったのは、嫌みでも蔑視でもなかったと思った。私のように靴を すり減らしほどの努力をしたのかという意味だと美子は気づいた。
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