21. マンホールへ

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21. マンホールへ

21. マンホールへ  数日後、一台のバンが富浜児童公園に止まった。  富浜児童公園は両側をビルに囲まれた中にあった。幅二十メートル、長さ五十メートルの細長い敷地には、砂場、ブランコ、ジャングルジム、滑り台があるが、児童や保護者の姿はなく、その隅にマンホールがあった。  黄色の防護服を着た法眼、美子、中山刑事が二人の警察官と車を降りた。 「私たちがマンホールに入って3時間しても出てこなかったら、私たちの捜索をしてください。それと、救急車も用意してください」  法眼が警察官に言った。 「わかりました」  警察官は危険な任務であることを改めて認識したように硬い表情で言った。  法眼は管路図を美子、中山刑事に渡した。 「私たちは今ここです。これから管路図に引いた青い線にそって歩きます」  二人は頷くとヘルメットを被った。 二人の警察官がマンホールの周囲をコーンとコーンバーで囲った。  三人のヘルメットにはライトと、小型カメラが取り付けてある。小型カメラは四時間録画が可能だ。捜査の詳細を後に残すためだ。  腕にはガス探知用センサーがある。  腰ベルトには背中につけた小型酸素ボンベ用のスイッチと右側に電磁棒、左側に懐中電灯が警棒のようにぶら下げている。  小型バックには、悪霊封じの鉛の板と、ポラロイド写真の予備が入っている。  管路の中は湿気と汚水が満ち、メタン・硫化水素が発生していることもある。防護服がなければ、長く滞在することはできない。 「皆さん、腕のガス探知用センサーの色が変わったら、すぐ酸素ボンベに切り替えてください」  法眼が言った。  中山刑事が、直径七十五センチのマンホールの蓋を開けた。深さは二十メートル位ある。底には黒い汚水がたまっている。汚水の深さは分からない。マンホールの筒は途中から大きくなり円錐状から三メートル四方の大きさになっている。  壁と管路は煉瓦で造られていて、このマンホールが、明治期か大正初期に作られたことがわかる。四角の管路は二メートル四方の大きさで、大人が通るには狭い。 二人の警察官が大型のライトをマンホールの底に当てた。   「滑らないように注意して降りてください」  中山刑事はそう言うと手すりを伝って降りた。法眼、美子も続いて手すりを降りた。  三人がマンホールの底に立った。とても狭い。満員電車の中にいるようだ。  美子は地上を見上げた。マンホールの穴は、はるか上空で手の届かない世界のように見えた。美子は無意識に歯を強く噛んでいた。  汚水は三十センチの深さだった。 「ヘッドライト、モニタカメラのSWをONにしてください。では、行きましょう」  法眼が言った。  中山刑事が煉瓦でできた二メートル四方の管路に足を踏み入れた。その後を法眼、美子が続く。  ヘッドライトに照らされた直径2mの範囲外は暗闇の世界だ。三人の足元で汚水が音を立て、その音が管路内で反響する。  中山刑事は管路が交差するたびに壁に通し番号を蛍光マジックで書いた。  管路は、汚水から発生する高湿度のガスと、ミミズ、クモ、が生息している異系の世界に変わった。  美子はヘルメットを被っているので息苦しくなった。 視界が前面しかないので、背後が気になって仕方がない。美子は何度も後ろを振りかえった。  管路に入り二百メートル位進んだ所だった。 「管路図の青い線が途切れたぞ。さあ、ここからが本番だ」  法眼が大声で言った。その声が管路の中で反響し、エコーになって聞こえてきた。  3人は未踏の管路を進んだ。  やがて、管路が交差した。中山刑事は立ち止まった。  法眼が前に進むと、般若心経を唱えながら、ポラロイド写真を撮った。  ポラロイドの印画紙に管路内の景色が浮かびあがった。 「右側です」  法眼は中山刑事に言った。  中山刑事はまた管路の壁に通し番号をつけて歩き出した。
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