25.巨大洞窟

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25.巨大洞窟

25.巨大洞窟  やがて、美子のヘッドライトの灯りが拡散して、視界が一気に広がった。管路から大きな空間に出たということになる。だが、ヘッドライトの光量では、全体は把握できない。  美子は頭を大きく上下左右に振り、全体を確認しようとした。  空洞は間口が三十メートル、奥行き三十メートル高さが十メートルの巨大洞窟だった。洞窟内の地表はは汚水が覆っていて深さはわからない。  漆黒の闇はヘッドライトに照らされた時だけ存在を主張して、不規則に削られた岩肌は、険しい女の怒りの表情のようにも見える。自分の存在さえも飲み込んでしまいそうな異次元の空間、奇界に迷いこんだような緊張と不安が美子を包んだ。  洞窟に踏み入った。  足元は凸凹していて、汚水の深さは40cmから70cm位だった。  美子は思わず驚きの声を上げた。   直径60cmの棒状のものが何本も洞窟を垂直に突き刺していた。  美子はその一本に近づき、ヘッドライトを下から上に向けて棒状の物を照らした。  それはコンクリート杭だった。美子はそれが高層ビルの倒壊防止で地下に打ち込まれた杭だと分かった。  地中に打たれた杭が、関東大震災で地下に埋没していた管路を破壊して汚水が流出し、地中を浸食し巨大洞窟を作っていたのかもしれないと思った。  しかし、富浜地区は関東大震災で被災し液状化現象で陥没してから、長く荒れ地のままだった。富浜地区の再開発が始まったのは20年に満たない。すれば、20年で汚水の浸食でこれほど、巨大な洞窟ができるのだろうかとも思った。  とすれば、関東大震災で陥没したことで地下にすでに空洞が生じていたのかもしれない。そこに、再開発で多くの高層ビルが建設され、耐震用の杭が消えた管路を破壊し、浸食を促したのだと思った。  美子は、洞窟内を縦断する何本もの杭を調べた。表面には杭打ちした時の年号がかかれているものもあった。ほとんど、腐食して読み取れなかったが20年前の杭もあった。  美子は、頭を再び大きく左右に向けてヘッドライトで洞窟内部を見ようとした。  すると、その中にコンクリート杭の一本が墓を破壊していることが分かった。 美子がその杭の表面を見ると、最近のものだった。  墓はイネの墓かもしれない。だとしたら、高層ビルの建設が悪霊を呼び覚ましたことになると美子は思った。   美子は足元を確かめながら汚水の中を進んだ。  やがてヘッドライトの灯が墓を捉えた。  墓の周囲には高さ50cm、5m四方の囲いがあったが浸食でほとんどが崩れていた。  その中央は盛り上がって汚水から出ていて、墓石の台座があった。  墓石は高さ一メートル、幅は五十センチ、厚さ二十センチ程度だったが、コンクリート柱で壊されて台座の傍に無残に倒れていた。  墓石は汚水の浸食されて表面は黒くただれたようになっている。  墓石の中央に何か文字が彫ってあるが、浸食が激しく読み取れない。  美子は、それが法眼の言っていた今井イネの墓石であることを確認しようと周囲を歩いた。  美子の足元には板の破片があった。  護符だった。 「間違いない」  美子は確信した。  美子は壊れた墓石を盛り上がった台座に積み上げると、小型バックから悪霊封じの鉛の板を取り出して、台座の周りに置いた。 「これで、イネの悪霊は封印されるかもしれない」  と美子は呟いた。  その時、背後で汚水が微かに波打って音を立てた。  美子はその方向を見た。  美子のヘッドライトが、建設作業員の山田が汚水の中から立ち上がる姿を照らした。  小柄な山田はボロボロになった作業服を着ていて、その体から汚水と体臭の混ざった異臭が放たれている。作業服のボタンは上三番目まで無くなって、はだけた胸にはあばら骨が浮き出ていた。薄い唇を僅かに開き笑っているように見えたが、蝋人形のようで、生気がなかった。   悪霊に取り付かれるとこんな顔になるのかと美子は思った。 「なぜ三人を殺した?」 「三人はイネ様をいじめたからだ。  お前は、どうやって三人を殺したか知りたいだろう? 刑事だからな。ここまで、辿りついて、事件の真相を知らずに死ぬのは辛いよな。  じゃ、教えてやろうか。  最初の男はABCビルから出てきた時に、俺はあいつにタバコの火を貸してくれと言ったのだ。  もちろんタバコはどうでもよかった。あいつと目を合わせることが目的だった。あいつは俺の目を見て催眠術にかかったように、虚ろになった。  俺はイネ様から不思議な力を授かったのさ。人を操る力だ。  あいつは富浜の街から人がいなくなって、まるで景色が写真のようになって自分が飲み込まれたようになったと言っていたよ。もちろん、それは俺があいつに囁いたからだ。  あいつは頭が混乱して、ますます俺の暗示にかかったよ。  それで、俺はあいつに空き地に行けと命令したんだ。  あとは簡単だった。あいつはまるで操り人形のように空き地のマンホールに行ったのさ。  そこで、あいつは目を覚ました。あいつはマンホールに立っている自分に気づいた。  その時、イネ様がマンホールの中へあいつを引きずり下ろしたんだ。イネ様の目からレーザー光線のような光があいつの目を襲うと、あいつは目が焼けると叫んで恐怖で顔を歪めて死んだのさ。  二番目の男も同じ手口さ。  三番目は、ちょっと違うな。マンホール1か所だけ爆発させることなんて爆破のプロだって出来やしない。  あれはイネ様がやったのさ。  イネ様はこの墓から管路を光の速さで移動すると、大きく息を吸って地下に溜まっていたメタンや硫化水素ガスを飲み込んだ。そして、そのガスを一か所のマンホールに吹きかけた。  男が車で信号待ちしている時に、イネ様の目が光ると、まるで導火線に火がついたように、マンホールに溜まったガスは大爆発さ」 「三人はイネをいじめたりしない。生まれていなかった。それは三人の祖父たちだ」 「同じことさ。因果は永遠に続くのだ。イネ様が言っていた」 「なぜ手伝うの」 「俺は、掘削機のオペレータだった。監督がコンクリート基礎工事で偽装して甘い汁を吸っているのを知って告発しようとしたのだ。  ところが、それを気づかれて、監督に胸を刺され、監督と2人の男にコンクリート柱を打ち込む穴に投げ落とされたのだ。落とされた杭の穴はすぐ塞がれてしまって俺は生き残る道が無くなった。その時、イネ様の墓を見つけたのだ。そして、イネ様の骨壺を開けた。その後のことはよく覚えていない。だが、俺はイネ様の元で初めて恍惚の中で生きているよ」 「貴方は薬に溺れた患者と同じよ。イネに憑りつかれているのよ。正気になるのよ」 「イネ様がお前の体をほしがっているのだ。諦めるんだな。その前にお仕置きだ。殺したりしない、死にたいと懇願するほど痛みつけてやるよ」  山田は右手を後ろに回すと、ナイフを取り出し唇で舐めた。  美子のヘッドライトがその右手を照らすと、闇の中でナイフの刃がキラリと光った。  山田の姿が写真の中にいるように見えた。  山田が催眠術をかけようとしているのか?   美子は慌てて、山田と目を合わすのを止めて、汚水の中を走った。  コンクリート柱の陰に隠れると、ヘッドライトを消した。 「どこに隠れたんだ!」  山田は叫んで、手探りで汚水の中を進んだ。  すると山田はスマホを取り出した。アプリの懐中電灯にした。  山田はその灯を上下左右に振った。 「なぜなの、1か月もたっているのにどうやって充電したんだ」  美子は、隠れるのは無理だと思った。 「美子は、耳を澄まして、山田の足音を聞き取ろうとした。  山田は左手に携帯電話を持ち、右手にナイフをもって、大きく左右に振りながら近づいてきた。  山田が美子の隠れているコンクリート柱の傍に来た。  山田のナイフを持った手が見えた。 「これでもくらえ」  美子は杭から飛び出して、電磁棒で山田の右手を叩いた。法眼から警棒の代用になると聞いていた。叩いた後でヘッドライトのSWを入れた。 「イテー」  山田はナイフを汚水に落としてしまった。 「イテーじゃねーか」  山田は汚水の中からナイフを取り出した。  美子は山田と目を合わせないように、山田の首元を見ようとした。  山田は再び襲ってきた。  ナイフは空を切って、勢い余って汚水に前かがみで倒れこんだが、汚水からなかなか出てこない。身を潜めて攻めるタイミングを計っているのだ。  美子は慌てて、山田を探して、ヘッドライトを左右に振った。  美子は恐怖で身震いしながら、電磁棒で構えた。  突然、汚水の中から山田がナイフを持って飛び出してきた。  美子は、飛び掛かってきた山田を払おうとしたが、左肩を切られてしまった。  防護服が引き裂かれ、鮮血が流れた。 「畜生」美子は電磁棒を持った手を切られた左肩に当てた。  傷は深くなかった。 「そろそろ、本気を出すか」  山田は、血のりの付いたナイフを舐めた。  山田は再び突進してきた。  美子は、電磁棒で、剣道の突きの姿勢を取った。  電磁棒は山田の喉仏に当たった。  山田は息ができなくなってのけぞった。 「ウー苦しい、ふざけやがって」  山田は汚水から立ち上がり、また襲ってきた。  美子は山田がふりかざしたナイフを電磁棒で受けると、右足で山田の急所を蹴り上げた。  山田は悲鳴を上げて再び汚水に倒れこんだ。 「さすが、刑事だな。だが、もう、手加減はしないぞ」  そう言って、顔を墓の方を向いた。  山田は、墓の周囲に護符が置いてあることに気づいた。  山田は慌ててイネの墓に突進した。  美子は山田を追ったが、間に合わなかった。  山田は護符を足で払いのけてしまった。  山田が振り返り、再び美子にナイフを向けた時だった。  山田は強引に汚水の中に飛ばされた。 「もうおやめ、お前には勝ち目のない女だ」  地の底から吠えるような声だった。   イネだった。  
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