26.イネ現る

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26.イネ現る

26.イネ現る  山田はもがくように汚水の中から顔を上げた。その時、両眼が暗闇の中で光った。  美子はゴクリとつばを飲み込んだ。  ヘッドライトが山田の顔に当たると、山田の両目から放たれた光は、やがて人の形になり、はっきりとした女の形になった。  山田に憑りついていたイネが山田の体を解放して現れたのだ。     イネは骨が透けて見えるほどやせ細っていた。縞柄の紋様の着物は九十年の時を経てボロボロになっている。  頬はこけ、目元はくぼみ、その中で細い釣り目が獲物を捕らえたように睨みつけている。  薄い唇は生き血を貪ったばかりのように生めいて赤い。長い髪は所々が脱毛し、その根元は膿んでように赤く腫れている。割り箸のような細い指には異様に長い爪がついている。 「お前の体はもらったぞ!」  イネの唇は動いていなかった。直接、美子の脳に話しかけてきた。まるで、美子の耳の後ろから囁いているようだった。 「おおせのままに」  山田はそう言って汚水から立ち上がり、頭を下げた。  イネが美子に迫ってくる。  美子は、後に下がりながら、電磁棒のスイッチを入れようとした。  その瞬間、イネの手が電磁棒を払った。電磁棒が汚水の中に消え、美子も汚水の中に倒れこんだ。  美子は汚水から顔を出し、屈んだ姿勢で汚水の中の電磁棒を手探りで探した。 「私の体を奪ってどうする!」  美子は震えながら言った。 「男たちの復讐は終わった。今度はお前の体を使って、非道な仕打ちを続けた社会に復讐してやる。富浜の60万の人間を屍にして汚水の中に叩き込んでやる」 「そんな事はさせない」  美子は叫んだが、イネは美子の肩をとらえた。  美子はイネの両手を払おうとしたが、その手はイネの体をすり抜けて空を切った。  イネの目が赤く光り二つの幽体の玉に変わった。
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