3.捜査会議

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3.捜査会議

3.捜査会議  富浜署の会議室には刑事たち30人が集まった。あまり広くない会議室には、五列に長テーブルが置かれている。  前列に警視庁の有馬管理官、富浜署の署長と、須藤課長が座っている。対面するように刑事たちが座った。 「8月11日15時30分捜査会議を始める。本日の捜査は現在までに判明した事実を報告してもらいたい」  有馬管理官が言った。  中央前列のテーブルに座った美子が立ち上がり報告した。 「氏名は若狭良一。28歳です。富浜区四丁目にあるファーイースト株式会社の社員です。被害者は、マンホールの底でうつ伏せ状態だったところをマンホール点検員が蓋を開け発見しました」  鑑識が立ち上がって報告した。 「被害者に外傷はありません。死因は現在不明です。目が白濁していました。死亡推定時刻は同僚と飲食した直後の8月7日午後8時から10時の間と思われます。詳しくは司法解剖の結果を待っています」 「瞳が白濁していたのか?」  有馬管理官が言った。 「白内障のような症状だそうです」 「白内障? 若狭良一は28歳じゃなかったか?」 「若年性白内障という症状があるそうです。目の怪我や病気、感染症、ストレス、薬物等で併発することがあるそうです」 「初めて聞いたな。で、現場の遺留品は?」 「被害者のポケットからは運転免許の入った財布が発見されました。財布には現金3万2千円が残っていました。マンホール内から長さ10センチ位の毛髪が発見されました。被害者のものとは違っており、毛髪鑑定を依頼しました。その他の微物は発見できませんでした」 「目撃者は?」 「まだ目撃証言はありません」  別の刑事が立ち上がり報告した。  「防犯カメラは?」 「確認中です」  別の刑事が立ち上がって報告した。  有馬管理官は「ほかにわかったことは?」と言い会議室を見渡した。  誰も挙手しなかった。  有馬管理官は一呼吸置くと、 「では明日からの捜査に全力を挙げてくれ。捜査の割り振りをきめる」   有馬管理官はそう言いながら眉間に皺を寄せた。   翌日の会議室。会議室は重い空気が覆り、刑事たちの顔は緊張している。 「司法解剖の結果を聞きたい」  有馬管理官が言った。 「死因は急性心不全でした。ただ、脳幹、眼の組織が、一部変質していたそうです。  脳幹は親指ほどの大きさで、脳と脊髄の間にあるそうです。脳幹は呼吸に関係があり、変質したために呼吸停止、急性心不全になった可能性があるということでした。目の白濁も同様だそうです」  鑑識が報告した。 「脳幹や目の組織を変質させるような凶器はなんだ?」  凶器は引き続き調べています」 「交友関係、金銭トラブルは?」 「会社の同僚に聞き込みをしています。今のところ、トラブルの話はありません」 「目撃者は?」 「まだ見つかっていません」  別の刑事が報告した。 「マンホールは富浜駅から10分も離れていない場所だろ。午後8時頃なら人通りも多い。本当に若狭良一を見た者はいないのだな?」  有馬管理官は念をおした。   刑事は「はい」と短く顔を縦にふった。 「防犯カメラは?」 「防犯カメラの画像解析を行っています。まだ、被害者、不審者が映った映像は発見されていません。継続して解析を行います」  別の刑事が立ち上がって報告した。 「ほかには?」  有馬管理官はそう言って会議室を見回したが、誰も挙手しない。  美子は会議室を見渡してから手を上げて立った。 「被害者が、蓋の閉まったマンホールで発見されたことは、犯人が発見を遅らせようとしたからだと考えられます。  にもかかわらず、現場は富浜駅に通ずるメイン道路で、現場の周辺にコンビニ、レストラン、コーヒーショップがあります。あえて人目の多いマンホールで犯行を行うとは思われません。  犯行時刻が午後8時前後で人通りのまだ多い時間帯であったことも不自然です。被害者は会社員の同僚と飲食直後に殺害されていますが、短時間で被害者を殺害し、マンホールに隠すのは困難だと思います。  また、目撃者が現れません。防犯カメラにも被害者は映っていません。もし被害者がマンホールに落下したのなら、壁面には衝突痕、血痕等があるはずですが、みつかっていません。  以上の理由から、殺害現場が別な場所ではないかと考えます」 「青木刑事。殺害現場が別だというなら、なぜ被害者が現場のマンホールに倒れていたのだ? 青木刑事は当然説明できる確証はあるんだろうな?」  須藤課長が皮肉を込めて言った。  須藤課長は巡査から苦労して課長になった。だから、美子のように一流大学を出て、巡査の経験も少なく捜査一課の刑事になったことが気に入らなかった。 「え、それは……」  美子は一瞬考えあぐねた。会議室の刑事たちは美子が何を言うのかと、顔を見た。  美子は現場のマンホールの管路が直径60センチ位あったのを思い出した。 「別のマンホールで殺害され、管路を流れてきたのではないかと思います」   「青木刑事。それは女の刑事の感か? 被害者がマンホールの底で発見された時、汚水の水深は20センチぐらいだった。この水深では流されることはないぞ。子供でも分かることだ」  須藤課長は美子の顔を見ながら声高に言った。 「水深20センチはあくまで発見時の水深です。被害者が発見されるまで四日間ありました。その間、下水の水深が20センチだったと検証したのですか?」  美子は須藤課長に反論した。 「じゃ、何センチの汚水なら流れるんだ? 青木刑事!」  須藤課長は美子の反論に激怒して言った。いままで、須藤課長の話に反論する刑事はいなかった。それが女の新米刑事だから、なおさらだった。 「青木刑事、捜査は始まったばかりだ。結論を急ぐな」  有馬管理官が言った。
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