7. 爆発

1/1

57人が本棚に入れています
本棚に追加
/28ページ

7. 爆発

 7.爆発  薄井一郎の乗った車が赤信号で止まっていた。  神経質そうな顔をしている。  信号は「赤」に変わったばかりなので、二分は待たなければならない。  薄井は時計と信号を小刻みに見つめた。別に打ち合わせや待ち合わせをしているわけではなかった。ただ信号で止まるのが我慢できないらしい。  その時、薄井の足元でガタガタという音がしたので、薄井は顔を音の方向に傾けた。鋭い金属音、金属が擦れ合うような耳障りな音だった。 「五年しか乗っていない車だぞ、もうガタがきたのか?」  薄井が舌打ちした時だった。  突然、薄井の目が大きく見開いて、「ウグ!」と言葉にならない声を上げた。  顔面は車体の上部に押し付けられ、顎が外れたようだった。  車体は引き裂かれ、爆音と煙を上げて宙を舞った。そのまま地上に叩きつけられた車体は炎に包まれた。車のガソリンタンクが引火したのだ。  交差点にいた車は急発進、急ハンドルで衝突し重なった。  そこに破壊された車の破片が落ちてきた。  窓ガラスの破片で怪我した人々が、車から悲鳴を上げて飛び出してきた。  悲鳴の大きさに比例するように遠巻きで野次馬が集まった。  交差点の中は衝突した車が積木を崩したように重なった。黒煙がその光景を遮った。    制服警官、私服の刑事たちが顔色を変えて車の間を走りまわっている。顔が蒼白となって口を震わせる負傷者。目が虚ろになった負傷者。血を流して手足をバタバタさせて悲鳴を上げる負傷者が次々救急搬送されていく。   路上には直径七十五センチの穴が開いていた。マンホールの穴だった。蓋は爆風でどこかに飛ばされて確認できない。穴の中から、まだ熱い煙が立ち上がっている。  爆弾テロの可能性もある。特殊部隊の車両も遅れて到着した。ものものしい装備をした隊員が車両から飛び出してきた。科学防護服を着た男たちがマンホールの調査を始めた。   交差点の上空にはプロペラの轟音が響いた。警察、テレビ局の報道ヘリコプターが旋回している。交差点はまるで戦場のような光景だ。須藤課長、中山刑事、美子も現場に駆けつけた。  捜査会議が開かれた。参考人として水道局員も出席した。  集まった刑事が初動捜査の報告をした。マンホール連続殺人事件とマンホールの爆発事件で捜査員は六十人に増員された。  美子が立ち上がって手帳を読み上げた。 「氏名は薄井一男。年齢は三十一歳。日本物産株式会社勤務。勤務態度は良好。会社の上司、同僚からの聞き込みでは、恨みをかっていた様子はありません」  次に鑑識課員が立ち上がった。 「爆発した直後のマンホール内にメタンガスを探知しましたが、爆発物の破片は確認されていません。ガスが、マンホール内で自然発生したものかについては科捜研に依頼中です。遺留品も散乱しているため鑑定に時間がかかるそうです」  刑事たちが次々初動捜査内容を報告した。  有馬管理官はその報告を聞き終わると、水道局員に質問した。 「マンホールの爆発はメタンガスが充満して起きたと思いますか?」  水道局員が立ち上がろうとしたので、有馬管理官は座ったままでどうぞと言う仕草をした。 「下水道には有機物を微生物が分解することでメタンガスが発生することがあります。もし、下水の水温が上昇し微生物の活動が活発になれば、メタンガスが増加し爆発する可能性があります。通行人が火の点いたタバコをマンホールに落とし、マンホールが爆発し、通行人が火傷を負った事故があります」 「では、今回のような大規模な事例はありますか」 「修理中のオートバイのガソリンが側溝に流れ、そのガソリンが何かの理由で引火し、数十枚のマンホールの蓋が飛んだ事故があります」 「もし、ガソリン等の引火による爆発なら他のマンホールも爆風で蓋が損傷するのですね? しかし、今回は他のマンホールの蓋に損傷はなかった?」 「……確かに異常です」  水道局員はそう言って言葉を失った。 「以前に爆破事件を担当した刑事はいないか? 今回の事件の見解を聞きたい」  有馬管理官は会議室を見回した。 「五年前に爆破事件を担当しました。今回のように、マンホールを一箇所だけ爆破する事は困難だと思います」  四十代の刑事が首を傾げながら言い終わると着席した。  有馬管理官はその言葉にため息をついた。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

57人が本棚に入れています
本棚に追加