アカンやろ、恐竜土偶

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 わたしが国防軍の平和維持活動遣外部隊として中米地域にいたのは、ふた月ほど前のことだった。  ちなみに、国防軍に入隊していたのは、愛国の念に燃えてだとか、憂国の志に気負ってだとか、そんな御立派な動機によるものではない。(ひとえ)に、第三次世界大戦によって生じた、不況と就職難に因がある。  我が国自体は直接交戦状態に巻き込まれることはなかったものの、我が国を敵性国と看做(みな)す近隣諸邦では、政情不安や内紛が続発し、その火の粉がいつ降りかかるとも知れない状況に置かれていた。国防軍による安全警備行動も日常的に行われていたが、それだけでは人員が全く足りず、同盟国である米国の力を頼らねばならない状態にあった。  一方で、米国も断続する中米紛争に従軍する兵力の不足が、常々問題となっていた。  そこで両国は、適宜人員と装備の融通をするという妥結に至ったのだ。  すなわち、米国は中米紛争では持て余し気味な大火力兵器とその運用部隊を、我が国に牽制要員として派兵し、我が国からは、米国が中米紛争において長大化し、悩みの種となっていた補給兵站線の警備に就く、後方支援部隊を派遣するというものである。お互いの長所を活かし、低リスクな任務を互いで補完する。防衛力・戦力の交換協定というものである。書面上は。  このため、常から人手不足に嘆いていた国防軍にも、特別に増員予算が組まれ、不況による就職難にあえいでいた新卒学生、既卒学生、フリーアルバイター、求職者らが十把一絡げ、定置網漁のように国防軍に飛び入ることになった。わたしもその魚の一匹である。  わたし達は基本的な挙動、所作、自衛用の小火器の扱い方や、基本英会話、事務的な作業のアレコレを促成教育で叩き込まれて、入隊して10ヶ月目にはメキシコの地を踏んでいた。  今時珍しいとよく云われるが、海外旅行に行ったことの無かったわたしにとって、メキシコという異境はまさに別天地だった。  祖国においては、(ひな)では家々と田畑、林野がひしめき合い、(みやこ)ではビルディングが軒の高さを争って、その間を縫って高架道路やら電鉄やらが縦横に走り回る。今にして思うと、非常に高密度な地上生活を送ってきたのだ。  それがこの地では、見晴るかす限り何も無い荒野である。  内陸部まで来ると、自然科学系のドキュメンタリや映画作品でしかみたことのなかった地平線が、ほぼ360度を取り囲むのである。それに気づいた時には、阿呆のように(しばら)く開いた口が塞がらなかったものだ。  前線へ物資を送る輸送部隊のトレーラーは、鉄路無き(みち)を往く貨物列車のように延々と連なり、我々護送部隊は機動戦闘車を中核とする装甲車両で、一定間隔ごとに伴走した。地平線の彼方まで続くその姿は鋼の竜にも似て、威容と称すに値するものだったと今にして思うが、広漠な彼の地を走っていた当時の私には、長すぎる体を持て余し、天敵に怯える蚯蚓(ミミズ)の心持ちだった。  一応、わたし達の配置されていた地域は、完全に米国の勢力圏下に置かれており、反米革命勢力(便宜的に総称としてそう呼び習わしているのであって、組織の数は十指に余る)の組織立った攻撃に晒される心配は無かった。しかし、勢力圏内に侵入したゲリラの、山賊的もとい馬賊的(荒野に山林は無いので)な奇襲には、わたしも幾度か遭遇することになった。  先遣隊がIED(即製爆発装置)の除去や伏兵の不在を確認した上であっても、ゲリラというのはまるで地べたから涌く虫のように現れた。枯れた草木の繁みが立ち上がったかと思うと、RPG(対装甲兵器擲弾発射機)を撃ち掛けてきたり、どこからともなくバイクで並走しながら体当たりを仕掛けようとした。だが、それら奇襲の多くは、徒死を招いて終わった。発射された擲弾は、輸送車両に装備された小規模迎撃システムに難無く撃ち落とされ、射手は白旗を挙げる間も無く護送部隊からの集中射撃に(たお)れた。特攻を仕掛けようとしたバイクも、また然りである。  無人兵器が戦場に跋扈する今の時勢にあって、生身の兵士が十死零生(じっしれいせい)の攻撃を仕掛ける意味が、経済性――すなわち無人兵器を運用するより、血の気の多い食い詰め者達に死に甲斐を与えてやった方が、組織の運営においても丁度都合が良いという話を聞いた時は、やり場の無い虚しさに魂が冷え縮んでいくのを感じたものである。  閑話休題(それはさておき)。  輸送線護衛に就いて、ひと月が経った頃から、時折帳簿上とトレーラーの数が合わない――トレーラーの落伍が見られるようになった。護送部隊にも被害が出ていた。  わたしは、天網のような防禦網をくぐり抜けるゲリラがいるのかと思い、大変に肝を冷やしたのだが、詳しい情報を聞き知ることは出来なかった。  上からの伝達では、「ゲリラが特殊兵器を使用している可能性がある。護送部隊は異変に気付き次第、連携して対処せよ」という、雲か霧でも掴ませるような、極めて曖昧な指示しか回されて来なかった。  とはいえ、ゲリラの持ち込む兵器にいかほど脅威があらんと、楽観的な気分があったことも、また事実である。米国の傘の下という安堵感に、浸りきっていた。特殊兵器などと云っても、貧して鈍した挙げ句の、捨て鉢のようなものだろうと、高をくくっていた。  しかし、被害は着々と増えていた。  輸送部隊がまるごと壊滅するといった、激甚な被害こそ無かったものの、部隊から数両のトレーラーや、護送部隊の装甲車両が失われる事態が増えていった。物的な損害は大きなものではなかったが、襲撃を受けることで生じる足止め――時間的な損失と、襲撃に遭った兵士達の消耗が激しかった。  (こと)に人的な消耗は、襲撃によって戦死を遂げたり、戦傷を負った者ばかりでなく、襲撃を目の当たりにした者も錯乱状態と看做(みな)され、任務から外されているのだという。  輸送部隊の中核をなす米兵達のみならず、わたし達国防軍遣外部隊でも、正気を(うしな)って、帰国させられた者が出ているとの噂が横溢(おういつ)してきていた。  誰も彼もが、表皮の下にピリピリと緊張を走らせるようになってきていた。ただの対ゲリラ防衛戦闘の時とは、全く異質な緊張感である。立ち向かうべき相手の姿が掴めない、明らかにされないという、不安感がその種子である。不安感は緊張感という芽を(きざ)し、緊張感は行き場の無い焦燥感という葉を繁らせていく。そして、行き場の無い焦燥感は、不信感という実を結ぶ。 「そもそも、米国側でも人的な消耗が激しかったからこそ、我が国がその穴埋めをさせられてるんじゃないか! 遣外部隊なんて、始めっから割りを喰わされるハズレくじだったんじゃないか!」などと、前後関係が混乱し、大声で不平不満を叫ぶようになった誰某(だれそれ)軍曹は、猿轡(さるぐつわ)を噛まされた上、簀巻きにされて、帰国の船便に放り込まれたという。  帰国の途についたという誰某軍曹を羨みながら、気の振れることの出来ない我が身の不運を(うら)みながら、わたし達はまた輸送部隊の護衛に随伴したのである。  あれは、補給基地を発って2日目の夜のことだったように思う。  その時わたしは、装甲兵員輸送車の中で、仮眠をとっていた。仮眠と云うよりは、四六時中に瀰漫(びまん)した緊張感で意識が磨り減って、寝落ちていたというべきかもしれない。眠っていたという意識さえ無い。意識の空白期間があるので、周囲や時間的な前後関係から、「仮眠していた」と推定している感じだ。  説明がクドいのは申し訳無い。あの日、(くだん)の「特殊兵器」に遭遇した意識的な混乱は、いまだに解を得られていない。だから、自分でも状況を振り返っては、何かしら思い残りのあることに、説明を加えていってやらないと、状況把握が追いつかないのだ。  警報の音で跳ね起きたのと、車上機銃に取り付いたのが、記憶の上では全くの同時だったように思う。  (かし)いでいた鉄兜を頭に押さえつけながら見上げた夜空を、燃える巨大な「く」の字が飛んでいった。  何を云っているのか解らないかもしれないが、それがその時の、わたしの認識だった。  「く」の字は荒野に叩きつけられると、白光の奔流となって、爆発した。わたし達の乗った兵員輸送車は、地面から弾けるように打ち上げられた。大気も激震して、わたし達を打ちのめした。熱は、熱風なんてものではない。白光自体が熱だった。わたしは、目を灼かれるのを恐れて、車内に引っ込んだ。  そうして、肺腑の息を絞り出して、ようやく、あの飛んでいった「く」の字が、わたし達の護送していたトレーラーのうちの一両の、変わり果てた姿だったということに気づいたのだ。  総身の毛が立った。  冷や汗も出ないほどに、全身が恐怖で冷え切っていた。  大型トレーラーを、燃料を満載したタンクもろとも宙空に打ち上げて、投げ飛ばすなんて、馬鹿げている。大型のIEDだってそんな威力は無いはずだ。いや、IEDなら、トレーラーはその場で爆散させられたはずだ。  では、何が起きた?  何が、トレーラーをブン投げたのか?  車内の友軍兵士達は、衝撃をまともに喰らって昏倒しているか、呆けたように目と口を開けて、呼吸することだけで手一杯になっていた。  わたしは、この状況でただ一人、自我を保てていることを(うら)んだ。  怖くて仕方が無かった。  仕方も無かったので、半ば自棄になって、天窓(キューポラ)から身を乗り出した。  見回すと、わたし達の後を走っていた兵員輸送車と機動戦闘車が、路端に横転させられていた。「く」の字の爆発の衝撃で、薙ぎ倒されたのだろう。炎に巻かれていないのは、幸いだった。  輸送部隊の片側に配置された護送部隊で、無事に正立出来ている車両は、わたしの乗っているものだけだった。  完全に静止したトレーラー群の先で、異音が響く。  嫌な予感。  宙を舞う、燃える「く」の字が、脳裏に甦る。  しかし、今度は「く」の字ではなかった。  トレーラーが丸のまま一両、全く見当もつけていなかった方向に投げ出され、飛んでいき、地面に当たって爆ぜた。  目を灼く白光を恐れ、わたしは顔を伏せた。  遅れて、全身を打ちのめす轟爆音と衝撃が来た。  一度は経験したことなのに、二度目が来ると判ると、身が竦んだ。  一度目の爆発で失神していた僚兵達も、二度目の衝撃では三々五々と目を覚ました。  しかし、もうわたし達で、何かが出来るような状況ではない。  それでもわたしは、自分の小銃を引っ掴むと、兵員輸送車のハッチを蹴り開けて外に出た。  わたしは、トレーラーの車列が途切れた空隙に、足早に向かった。義務感と危機感は、合わせても一割にも届かないだろう。その時のわたしを突き動かしていたのは、(たが)の外れた好奇心だった。  そして、見た。  炎とトレーラーの残骸の中に聳える、小山のような姿を。  燃え盛る炎よりなお高い、巨人のような体躯。  背には魚の物にも似た背鰭が生え、地面に引き摺る長い尾へと続く。  その体表には、毛も羽も鱗も無く、のっぺりとした(はだ)には黒い煤煙(ばいえん)が染み付いていた。  牛馬に似た面長な頭部は酷く簡素で、眼球の無い眼窩は揺れる火影に、真っ黒い(うろ)が蠢いていた。  桁外れに大きい、幼児が粘土細工で拵えた怪獣のようなそれ(・・)は、重々しい擦過音を曳きながら、黒煙の帳の向こうに消えていった。 《未完》
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