緊張ジャンキー

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 内外野のライトは既に点灯してる。  白金に煌々と輝く美しい球場は、うっすらとした朱色の夕闇に浮かぶ船のようで。割れるように響く応援団のコールと太鼓をバックに打者はバッターボックスに入り、皆も前のめりになったままだ。穂高もカラカラに乾いた喉に炭酸水を流し込む。  ここまで横綱の背番号10は5安打無失点、これ以上は望めない好投といっていい。まだ球威もある。ただし点差は僅か1、延長は後攻が圧倒的に有利なことを考えれば、慎重にならざるを得なかった。  結果、初めて先頭打者を歩かせた。「よっし!」とまっちゃんが手を打ち、ケントが無言でガッツポーズ。続く打者は捕邪飛に倒れるも、三人目にクリーンヒットが出たところで、今度は本物の歓声が上がった。  こうなると球場の観客も応援に加わる。相手が近畿の名門校でも判官びいきは根強いし、なにせ東北の悲願を背負っている。こういうとき観客は冷酷なのだ。穂高にも覚えがある。観客は公立校や新参者に味方しがちで、だいたいの強豪校はヒールだ。ケントの母校だとて、地元では立場が逆転するだろう。  圧を感じる応援がスタンドに谺し、内野席まで打者を鼓舞する。それを真正面から受け止めて、それでも投手は投げるのだ。捕手のサインと野手の集中力と、己の腕を信じて。  バッテリーはまだ冷静に見えた。無表情でサインを交わしたピッチャーはセットポジションにつく。滴る汗さえスローモーションで見える緊張の中、足が上がった。  腕が、しなる。
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