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それからの十数秒、
照明に浮かぶ夕暮れの聖地は、くっきりと皆の目に映った。
ホームベースに駆け込んでくる走者がひとり、ふたり。2人目がホームベースを踏むと、次打者が飛びついた。タイムリーを放った打者をナイン全員が迎える。
マウンドで膝を折った投手に、サードが手を差し伸べた。顔を覆いしゃがみ込む一塁手を、セカンドとライトが抱えるように助け起こした。
試合開始時と同じように、しかし土まみれになったユニフォームの36人が並んで、礼をした。両チームの主将が歩み寄る。敗者の坊主頭を、勝者がぐりぐりと撫でた。
東北の雄はホームベース後ろに並び、凱歌が流れた。
ケントが低く歌う声が重なる。
赤黒い背景に溶けゆく球場は歓声と悲鳴で膨張し、勝者と敗者は明確に区別される。
それでも、万雷の拍手は両者に平等に、割れんばかりに響いた。
そうして終わる物語があり、世界はただ美しかった。
ばしばしと手を叩き合い、喜ぶチームメイトを尻目に、穂高はどうしても背番号10を目で追ってしまう。泣き崩れる少年たちがちらりと映って、思わず前のめりになると、
「大丈夫だろ」
岸本がこちらを見ずにそう言った。
こうも見抜かれていると少し恥ずかしい。穂高は膝を抱えて座り直した。
「おまえは、ちゃんとリベンジできたやないか。あいつもきっと取り返せる」
「…そうっすね」
そうだといい。
そうなればいい。
あの日、サヨナラタイムリーを打たれ、ベンチに戻れない自分の背中を、当時の相棒はずっと支えてくれていた。そして、それから10ヶ月後、確かに二人で夏の頂きを駆け上がった。
穂高はあえかに微笑んだ。
画面の向こうの聖地は、ゆっくりと夜に沈んでいく。
明日の試合予定が映し出されるテレビの前に、祐輔がきりりと立ち上がる。
「よおっし、今日は飲むで!」
「いやちょっと、まだ初戦ですよ!」
「ええやんか、もう飲もう」
「それ祐輔さんと岸本さんが飲みたいだけでしょ」
高揚に囀るようなやり取りを続ける仲間の声を聞きながら、穂高の瞼の裏で、夢のように飛んだ白球が鮮やかに甦る。
嗚呼、かみさま
あなたは、ずるい
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