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その日は朝から寮の空気が浮ついていた。
小林穂高は歯を磨きながら首を傾げる。
取り立てて誰かが騒いでいる様子もないが、むずむずといういか、わくわくといういか、落ち着かないこの感じ。記憶にある。しかし何なのか思い出せない…
据わり悪さを抱えながら、朝食に行こうと隣室の健人をおとなうと、珍しく不在だった。ではと更に隣の祐輔の部屋をノックしても応答がない。あれ? と再び首を捻っていると、後輩だが同学年のまっちゃんが通りかかった。ちょうどいいと連れ立って食堂に向かいつつ、彼に訊いてみることにした。
「なんか今日、ちょい雰囲気ちがくない? みんなそわそわしとるいうか…」
そう言うと、まっちゃんは「おまえね」と言いさして、呆れたような顔になった。もちろん他に人が居るときは違うが、同学年以下のメンツの時はタメ口である。濃茶のくせっ毛をわしわしとかき回しながら言うには、
「そりゃそうだろ、今日は抽選会だもんよ」
「は?」
ちゅうせんかい…? と脳内で反芻し、穂高はようやっと気付く。
「ああッ」
そうだった、今日は夏大の組合せ抽選会である。穂高の母校は一週間前、地方大会決勝でライバル校に敗退し、後輩達を慰めた記憶も新しいが、そういえば本番がこれからだった。高校時代は関東大会で顔を合わせたまっちゃんの母校もベスト4で涙をのんでいる。一方、ケントと祐輔の母校は甲子園の切符を勝ち取っていた。
当たり前だが、あの頃と今は陸続きだ。他の同僚達の母校も悲喜こもごも、なおかつ血縁や関係者も山と居る。当事者ではなくとも重大な関心事だった。
「そっか、なるほど…」
「祐輔さんなんか、張り切りすぎて目が覚めたって、さっき出てったぞ」
「なにに張り切る気ィや」
「神頼みじゃね?」
そう、組合せばかりはどうにもならないから、神頼み以外にすることはない。お百度でもする気か、間に合わないだろと言いながら、二人は食堂に入っていった。方々のテーブルから抽選会の話題が漏れ聞こえる。
夏の頂きはもうすぐだった。
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