Ⅰ ハードボイルドな朝には一杯のコーヒーを

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 魔導書(グリモワー)……それは、この世の神羅万象に宿る悪魔(※精霊)を召喚し、使役することで様々な事象を自らの思い通りに操るための方法が書かれた魔術の書だ。だが、その既存の支配体制を揺るがしかねねえ強大な影響力から、宗教的権威であるプロフェシア教会や各国の王権により、無許可での所持・使用が厳しく禁じられている。いわゆる〝禁書〟ってやつだ。  つまり、そんなご禁制の品を扱ってるってことは、この本屋もカタギの店じゃあねえっていうことになる。  いくらお(かみ)が禁じようが、こんな便利なもん、使わねえ手はねえと思うのが人情ってもんだ。そんで、需要と供給の関係に則り、この店みてえに非合法に写本を裏で取り引きしている人間もいるわけだな。  聞いた話だと、エルドラニアの船を襲って積荷の魔導書を奪い、その写本を作って流通させてるなんていう、神をも畏れぬ極悪な海賊もいるって話だ。  ま、そんなおっかねえ海賊やこの闇本屋のおかげで、かくいう俺も探偵稼業を始められたわけなんだが、最近、ようやく仕事の報酬がそこそこ入るようになったんで、小汚ねえ裏路地でも一応、このエルドラーニャ島最大の都市サントラ・ミゲルにあるこの店に事務所をオープンしたっていうような寸法だ。 「勘弁してくれよ、おやっさ〜ん。短銃とか買ったんで、今、懐が淋しいんだよ。次の仕事で金入ったら食費でもなんでま入れるからよ~。な、もうちょっと今月代待ってくれよ~。あ、あと、パンだけでもいいから恵んでくれよ~」  そんなわけで魔導書に関してばかりでなく、いろいろとお世話になっている大家のこのオヤジに、俺は平身低頭、お慈悲を賜われるよう懇願する。 「フン! 次の仕事って、ここんとこ依頼などないじゃろう? 仕事がないんなら鉱山で働くなりなんなりして金を稼いでくるんじゃの…」  だが、無慈悲にも因業オヤジがそんな嫌味を口にした時のことだった。 「ごめんください。ここにバケモノ退治をしてくれる探偵がいると聞いて来たんですが……」  不意に入口のドアが開き、そんな声が背後で聞こえた。  振り向くと、そこには濃い茶のフード付きマントを羽織った背の高い男が立っている。  人目につきたくないのか? フードを目深にかぶってはいるが、覗く顔は若い白人のものだ。まあ、美男子の類だろう。
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