Ⅰ ハードボイルドな朝には一杯のコーヒーを

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「――お頼みしたいのは、私の村に出るバケモノの退治です」  事務所…といっても粗末な机と椅子がニ脚しかねえ、壁も穴だらけなボロい小部屋だが、そこへ通すとヴィクターと名乗るその男は、早々に依頼内容の話を切り出した。  ヴィクターの話をまとめるとこうだ。  彼はこのサント・ミゲルからほど近い、植民者の開拓した〝バビエラ〟という村に住んでいるのだが、そこに最近、恐ろしい大男のバケモノが現れ、農作物を荒らしたり家畜を喰い殺したりしているのだという。しかも、そのバケモノはあろうことか、彼が留守をしてる間に彼の家に住みついてしまったそうなのだ。  で、街の噂で俺のことを知り、そのバケモノを始末してほしいと村を代表して依頼しに来たわけなんだが、その際に一つ条件を付けられた。 「私の家にバケモノが住みついているということは、他の村の者には黙っていてほしいのです。このことはまだ私しか知りません。村内にバケモノのねぐらがあるとわかれば怖がるでしょうし、自分の家に住みつかせたとあっては村での私の立場がないので」  とのことらしい……。  ま、気にするこたねえと思うんだが、村に住んでる者からすりゃあ、そんな世間体も気にするってもんか……。 「では、よろしくお願いします。そういうわけで、私は港の〝ディオダティ亭〟という宿に泊まっておりますので、万事すみましたら、そちらをお尋ねください。報酬はその時にお渡しします」  俺が委細承知をすると、男はフードの下で安心したように笑みを浮かべ、最後にそう告げて帰って行った。  依頼者なんだし、道案内がてら一緒に来てくれてもよさそうなもんだが、自分もそのバケモノが怖いし、家はそんなで帰れないから同行はできないとか、なんとも他人事みたいな言い訳をぬかして、あとは全部丸投げされた。ったく、自分の村…いや家がバケモノに荒らされてるってのになんだかなあ…って感じだぜ……ま、俺は金さえもらえりゃあ別にいいけどな。 「さて、ちゃっちゃと片付けて、あの因業オヤジに家賃を叩きつけてやるとするか……」  ヴィクターを見送った後、俺も一張羅の灰色のジュストコール(※ジャケット)を颯爽と羽織り、赤いチェックのスカーフと灰色の三角帽(トリコーン)をハードボイルドに身に着けると、さっそくその村へと向かうことにした――。
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