第壱章 一

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とうとう忠平は野宿の覚悟をせざるを得ない。 となると牛車を止められる所を探す必要があった。 「御前は此処で待ちなさい。私が先に行って休める所を探そう」 桐丸は取り残されるのが恐ろしいのか、蒼褪めて泣き出しそうな表情になる。 「そんな顔をするな」 忠平も心の内は桐丸と変わらないけれど、主であり大人である分、素振りにも見せることができないと堪えているに過ぎない。 『苦手を通り越して全くの下手だ』と自覚がある程、馬に乗るのは不得手な忠平にとって、 こんな時でも馬をゆるゆると進ませるのがやっとだ。 そんな訳を知っていて経基は遠駆けに誘わないことも、言われなくとも自覚している。 ぎこちなく手綱を握り直した忠平は、左手に松明を掲げた。 迷わぬよう出来る限り大きな道を選んで進んでいたけれど、 大きく草を分ける音が聞こえて、 今まで松脂の焼ける音と馬の蹄の音しか聞こえなかった忠平は、思わず手綱を後ろにぐい、と引いた。 驚いた馬が前足を幾度も大きく足踏みさせて大きく嘶くから、今度は振り落とされないように右手で手綱を掴み締める。 左手から苦しげに啼く声と共に、鳥が低く羽ばたいて現れた。 「――何だ、雉か…」 野盗だったらという考えがふと(よぎ)ったけれど、雉程度で驚くとは、余りにも憶病過ぎる。 気を取り直した忠平が馬を降りて、目の前で羽を必死に動かしてもがく雉に近寄ろうとすると。 「――退きなさい!」 鋭い声に雉の時より驚いて、腰が抜けた忠平は松明を取り落としてその場にへたり込むように倒れた。 雉の現れた後から草を踏み越えて、人影が飛び出す。 ひゅう、と矢で風を切る音の後に雉の事切れる声が続く。 地に落ちた松明が照らす範囲しか見えないまま、動く人影を眺めるしかなくて茫然として居ると、 「ああ、驚かすつもりは無かったのです旅の方。お許しください」 地に落ちた松明を拾い上げた相手は、はい、とそれを忠平に差し出してきた。
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