第弐章 二

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「――さもなくば、中将とは御付き合いなどさせて頂きませんし、私も左大臣殿には及びませんが策士と自負していますから、どんな手を使ってもこんな官に甘んじては居りません」 「恐いなあ。そうしたら忠平兄なんて、真っ先に追い落とされそう」 「中将は良い御方です。身分違いの私を友と仰って下さるのですから。私が粧々しく臣下の礼を取ろうものなら、非道く怒るのです」 情けない忠平だが、友人には恵まれて居るようだ。穏子は我事のように嬉しくなった。 「私も宮仕えに出ようかしら」 「武官でよろしければ、顔が利きますよ」 「私も滝口に成れる?」 弓を引く真似を見せる。 月明りの道に二人の笑い声が響いた。 土御門邸の門が近づいてくる。 辿り着いた屋敷の門はやはり堅く閉じられていた。 「西の対の方に付けてくれる?屏を乗り越えるしかないわ」 端からは、邸の女房か姫に通う公達が力を合わせて屏によじ登っているようにしか見えない。 末黒に跨っている経基の肩を借りて、何とか上に登った。 「こんな所を検非違使に見つかったら、どう説明しましょうか」 「その時は任せるわよ。言い訳が得意でしょう?――それじゃあ、有難う。忠平兄に、お休みをやめてご出仕するようお伝えしてね」 「確かに御伝えしましょう。それでは、失礼します」 短く掛け声を掛けて末黒の背を打つと、経基はもと来た小路を戻っていった。 穏子は屏の上の屋根瓦に手を掛けて懸命に体重を支えながら、邸の内側に降り立とうとするが、爪先すら地面に届かない。 いかほどの高さでぶら下がっているのか分からなくて、かじかんできた手を思い切って離した。 落ちてすぐ沓に地面の感触があったけれど、倒れて手を衝いてしまった。 「痛っ。――たたた…、こんなに高くすることないじゃないの…」 早く西の対の局に戻ろうと起き上がると。 「あら?どうしたのかしら」 穏子の局の前の箕子縁に、多くの女房達が座っていた。 華やいだ若い女房達の笑い声が聞こえる。 聴けば幾つか男の声もあった。 一体何があったというのか。主もいない局で何をしているのだろう? 『まさか』 胸騒ぎがして、西の対に帰るのを止めて東の対の絢子の所に向かう。 北の対を回って東対屋に着いたけれど、絢子の局の明かりは消えていた。 沓を脱いで、そっと階を登る。 「姉上…御休みですか?穏子です。開けて下さい」
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