第壱章 一

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顔の上に掲げた松明の灯が二人の顔を照らし出す。 声の主は、柔らかい練絹(ねりぎぬ)狩衣(かりぎぬ)立鳥帽子(たちえぼし)も凛々しい、初冠(ういこうぶり)したばかりであろう少年だった。 手にした弓は、華奢な少年の身体に似つかわしくかない大弓である。 「都の方ですか?それにしてもこんな刻限に、供の者も付けずに歩くなんて、世間知らずと言うか無謀というか――」 「供は、居るよ」 見ず知らずの者にそこまで言われる覚えは無いと、忠平は素っ気なく言い返した。 少年は重そうに頭の上の鳥帽子を押さえて居る。 「そう」 と彼は短く言って、鳥帽子が落ちないように手で庇いながら膝を折ると、空いた方の手で斃れている雉の首を掴んだ。 「では、失礼。お早く山を越えて、里にでも泊めてもらうことですね」 そのまま忠平を置いて先の見えぬ叢の中に再び帰ろうとする。 ここで取り残されてはかなわないと、忠平は慌てて少年を呼び止めた。 「この辺りに、先の関白の山荘があると聞いているのだが、貴殿は御存じないか?」 草を掻き分ける手を止めて、彼は振り返った。 「私の住まいです。――貴方は若しや左大臣殿の御使者ですか?」 両の手を胸の前で握り締めて牛車に寄り添って待っていた桐丸は、忠平たちの姿を認めると駆け寄ってきた。 「忠平さま!」 「――待たせたね桐丸。こちらの方が案内してくれるそうだ」 「それでは私が馬を預かりましょう。貴方は牛車へどうぞ」 「そうさせて戴こう」 簾を掻き上げて乗り込むと、ゆっくりと車輪が回り出した。 その外で狩衣の少年が桐丸に何ごとか話しかけながら、先に進んでいる。 「雉はやっぱり(あつもの)が一番でしょう」
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