第壱章 一

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「雉も羹も私は口にしたことが無いので…」 と残念そうに答える桐丸に。 「わかりました。貴方にも屋敷で振舞いましょう」 忠平は、外のやりとりを牛車の内で聞きながら思案する。 『「私の住まい」と奴は言ったが。屋敷の下仕えの者にしては、造作が整っている。土地の山賤(やまがつ)とも思えない。一体何者だ…』 もの寂しい山奥の更にまた奥へ進んだ所に、人目を忍ぶ如くに屋敷は在った。 ひらりと慣れた様子で馬を飛び降りた少年は、 「誰か、お客様をお迎えして!」 屋敷の内に大声で呼ばわると、応じてぱたぱたと履物を踏み鳴らして下仕えの女が現れた。 桐丸に階を取りつけさせて、忠平は牛車から降り立つ。 「――これ、雉が捕れたから。羹にして姉上に差し上げて?」 「おひいさま(・・・・・)。姉上様が心配してお待ちです。雉が御所望なら、里に買いに遣らせますから、そのお姿で出歩くのはお止めくださいな」 「良いでしょう。退屈凌ぎには狩りくらいしかすることが無いんですもの」 忠平は当惑するしかない。 この狩衣姿の少年こそ、目的の妹姫のうちのひとりだったのだ。 重そうな様子で傾け続けていた頭から鳥帽子を外すと、内に隠れていた量の多い緑の黒髪が重みに引かれて、たわんで落ちた。 地に引き擦らないよう肩の当りに紐で束ねている。 忠平の視線に気付いたのか、 「そんなに珍しいかしら」 不思議そうに首を傾げる。 その手には先ほど己で射殺した雉が、首をだらりと垂れていた。 男装の姫君が雉を鷲掴みにしている。 全く奇妙な取り合わせで、忠平は恐ろしいものを目にして終ったと怯えて袖で口を押さえるしかない。 「女人だてらに弓を取って狩りとは、全く呆れた姫君だ」 「なあに?――ああ、これが恐いのね?嫌だわ。御膳に並んでしまえば、あなただって箸を取って召し上がるのでしょう?」
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