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リビングから、調理の音がする。食材が焼ける音、小刻みに何かを刻む音。
それらを聞きながら、私は目を開く。もちろん、物は何一つ見えない。
私には、妻がいる。明るくて優しい、献身的な妻だ。成人してから出会った人で、私のことを誰よりも理解し、愛してくれる人である。
私は、彼女に出会えて本当に幸せ者だ。
そんな妻が朝食を拵える音を、アラーム代わりに目覚めるのが日課である。
そしてもう一つ、私には欠かせない日課があった。
それこそが、初恋の人との写真を撫でることである。その人と撮った、唯一の写真だ。
机上の本棚の右から二番目。分厚い点字本の一頁目に挟んである。指先の感覚だけで分かるよう、そこにした。
因みに、この日課について妻は知らない。半ば秘密になっている状態だと言えよう。
盲目になって尚、初恋相手との写真を持っているなんて――大切にしているなんて話せる訳がなかった。
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