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「ここで合ってる?てかRんちの近くじゃん」
助手席に乗せたRのナビで僕の車は田舎の村の中に取り残された廃ホテルの前に着いた。
実にありきたりな心霊スポットだが興醒めするわけではない。幽霊などを信じているわけではないが、深夜のこういった場所には根源的な恐怖を感じる。そんな恐怖がいったいどこから生まれてくるのか不思議だった。本能とでも言うのだろうか。
五感で感じる以上の「何か」が確かにあるような幻想に囚われる。僕にもそんな想像力があるんだと思うと少し口元が緩む。
それにしても、普段通っていたところの近くにこんな場所があるのに、どうして今まで寄り付かなかったのだろう。やはり無意識な恐怖心が働いていたのだろうか。
「そうだけど、車はあっちにまわした方がいいってネットに書いてある」
「なんで?」
「ここ有名すぎて結構警察とか見回りにくるんだって」
なるほど、と車を回そうとするとSが「俺先に降りるわ」とドアに手をかけた。
「え、大丈夫?」
僕は廃ホテルを視界の端に感じながら振り返る。Sの手がポケットの中で煙草の箱を握っていることがわかった。
そうか、ただ煙草が吸いたいだけか。それはこの恐怖に勝る欲求なのか。いや、僕がむやみにビビってるだけか?そう思ったが、隣のRも表情からここに来てそれなりにビビっていることがわかった。
じゃ、とSは車から降りる。夏の熱気が少し車内に流れ込み、冷房と混ざって何故か寒気がした。バックミラーで闇の中に火が灯るのを見ながら車を少し移動させた。
「思ったより雰囲気あるな」
「ビビった?」
「うるせー」
「それよかどうせならRんちまで停めにいった方がよくない?警察来るんでしょ」
「いや、できるだけ近くの方がいい」
Rは頭の中を占める割合が本来のピンクな目的から恐怖に傾き始めたようだった。僕らは心霊スポット巡りに来たわけではない。今地元で流れているある噂を確かめたかったのだ。
それは、僕らの高校時代の高嶺の花、Yについての話。Rと僕、そしておそらくSも、Yに淡い恋心を抱いていたのだ。Sと同じく浪人生となったYだったが、最近家に帰らない日が多いらしい。
そしてどこから出てきた噂かわからないが、どうやら彼女がこの廃ホテルで塾の講師と逢引しているという話をRが聞きつけたのだった。しかし僕はその噂には懐疑的だ。
入ったことはないけれど地元には僕でも知っている安いラブホテルがいくつかあるし、わざわざこんなところを選ぶ理由はないだろう。僕らはもう高校生ではないのだ。
何よりYと同じ塾に通っているSが何も知らないというのが不自然だったし、彼から聞いたその塾講師の人物像的にもこのような場所は選びそうになかった。
Yのことは東京でもふいに思い出すことがあった。僕らの間に特にこれといったエピソードがあったわけではない。
彼女は例えば十年後の同窓会の誘いがきた時に思い出さずにはいられないような、そんな女の子だった。
唯一の思い出は、最後の文化祭の時、僕が書いた脚本を彼女が演じたことだった。そのせいで彼女は突然学校中の人気者となり、僕は彼女を困らせてしまった。
おそらくそれで嫉妬を買ったのだろう、その後Yが円光をしているというような噂が出回った。
Yが可憐で大人びていたことは確かだし、誰かが告白してはフラれたという話もよく聞いた。
それでも定期テストでいつも上位に入り、凛とした声で教科書を朗読する彼女からはそんな噂のようなやましさは感じなかった。
だからそれは僕のせいで生まれたデマと言ってもよかった。
もちろん大学の同期の大人しそうな女の子がパパ活していることを知ったりして、僕の人の見立てはほとんど役に立たないことも理解し始めていたが。
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