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夜の闇の中で僕は必死に土を掘り返していた。しかしどれだけ掘ろうと頭は出てこない。当たり前だろうと言う自分がまだ残っているが恐怖に突き動かされた体は爪が折れても穴を掘り続ける。
土の中に、闇の中に体が溶け込んでいく。疲労と寒気。肺が切れる。咳き込みながら穴を掘る。いつまで?わからない。掘り続けなければ恐怖にのまれてしまう。
どれだけの時間が経過したのかわからない。朝は遠かった。しかしいつしか穴の大きさは僕の体を丸めれば入るほどになっていた。
唸り声が聞こえた。あれが来た。ついに来た。まだ何も見つかっていない。もう走れない。もう動けない。
僕はそうすることを知っていたように穴の中で体を丸め闇にまぎれた。肺がひゅーひゅー音を立てるのを必死に堪える。それの足音はもうすぐそこに聞こえる。もう何もできない。
恐怖と疲労は限界を越え、僕にはもう立ち向かう気力はなかった。土の中に寝ていると、それの一歩一歩が明確に聞こえた。
死が一歩ずつ近づいてくる。ごめんなさい。ごめんなさい。
気がつくと僕は誰にともなく謝っていた。
僕にはあなたを救うことができませんでした。ごめんなさい。
「ハァー、ハァー」
それの呼吸が耳元で聞こえる。そしてそれに混じり「助けてくれ」という人間の声が無数にこだましていた。誰が何の為に誰を呪ったのか。そんなことはもう関係がなかった。怨念はコントロールを失い全てを呪っていた。それが生まれた理由だから。助けてくれ?よくそんなことが言えるな。苦しめる為に苦しめ、殺す為に殺した。そして呪う為に生み出されたのだ。だからそれはそれにとって正しい行いをしているだけだった。
そんなことを考えていると僕の胸の内はふいに恐怖よりも悲しみで満たされた。人間に命を扱うことはできない。だから僕らは形式とはいえ今でも「いただきます」と言う。狩人は禊をする。
しかし僕らは気づかないうちに度を越えてしまった。いくつもの種を滅ぼし、同種でも殺し合い続けている。感謝は忘れられ、憎しみが増える。そしてついに、機械に命を吹き込もうとしている。人間に取って変わるかもしれない存在を産み出そうとしている。それは止められるものではない。
正しさとは別の次元で世界は流れ続けている。もうすぐ人間には手に負えない世界が来るのかもしれない。それは人間に感謝するだろうか?それとも人間などただの資源だと考えるだろうか。
それでもこれは、人間が生み出したものだ。人間である僕は、それを受け入れる責任があるのかもしれない。
どれほどの時間、僕はそんなことを考えていたのだろう。気がつくとそれはゆっくりと遠ざかっていた。理由はわからない。やはりその場所が、それにとって聖地のようなものだったのかもしれない。
しかしもう思考する余裕もなかった。いつしか僕はその穴の中で泥のような眠りに落ちていた。
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