epilogue_1

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epilogue_1

 春の息吹が前髪をかすめていった。  まだ桜もつぼみが出始めたばかりの三月上旬は肌寒さと暖かな陽光が同居している。大学受験もたけなわとなった俺たちに残されたのは卒業式という一大イベントだけだ。遠方での新たなスタートが決まっている奴らの中には既に新居探しをしている者もいる。  二人の約束は残念ながら一年持ち越しになった。大本命の大学に揃って不合格になったからだ。  言い方が不適切だ。正確には二人とも不戦敗で不合格になった。風邪を引いてうなされるほどの熱を出した俺たちに、受験戦争を戦う気力はもはや残されていなかった。  彼女の方は他の難関大学の合格切符をつかみとっていたけど「ここじゃない」と首を振ってすげなく袖にした。俺は俺で地方の私立大学から駆け込みで内々定の推薦をもらったけど「そこじゃない」と断り、意地汚いと親に散々怒られた。お前に行ける大学がどこにあると言われた通り見事浪人が決定した。  そのことを彼女に話すと、翌日の放課後にあらゆる予備校のパンフレットを家庭科室に持ち込んできた。  あの日以来、何気に俺たちはこの部屋を使っていたりする。二人きりの時間が多い割にやましいことはまだしていない。させてくれることもないだろう。高校生だというのにキスですら道のりは遠い。  この前決めた予備校に二人通って勉強することはほぼ確実だろうけど、現段階でついている偏差値の差は著しい。スパルタ宣言をされてしまったこれから先の一年は地獄が予想される。  そうそう、先日、例の女の子が挨拶に来た。結果から言うと二人の行く末は延長戦に入ったようだ。  事の成り行きであいつが作ったチョコを俺の後輩に渡す形になったわけだけど、イニシャルの入ったチョコレートに喜んだ後輩はうきうきした顔でほおばり「美味しい」と言葉を残し、垂直に倒れていった。
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