epilogue_2

1/1
前へ
/25ページ
次へ

epilogue_2

 「お前……なんか仕込んだ?」  「そんなことするわけないでしょ。美味し過ぎて卒倒しただけじゃない?」  「美味しいと思った直後に体が生命の危機を感じたそうだ」  「ほらみなさい。あれは完璧だったんだから。ずっと渡しそびれた自信作よ」  言葉を失った俺は、しばらく間を置いて恐る恐る尋ねる。  「ずっと?」「そう、ずっと。その、三年間」「それだ。期限が問題だ」  原因は無事に特定された。ってことはだ。仮にチョコ作りが上手いこといったら病院送りになっていたのは俺だったってことになるんじゃないか。まったく神様はきまぐれだ。  しかしながら、災い転じて福となるという言葉もある。  病院送りとなった後輩はそれが原因となって転校が延期され、本人の意思もあって取りやめになった。一人暮らしをしてでも残ると親に言い張ったらしい。あとは二人次第ってわけだ。恐ろしいことに来年同じ大学で同級生なんて展開もありえる。  その点で言えば、小出川もそうだ。一緒に行こうと声をかけたけど予備校通学はあっさり断られた。理由は簡単、バイトして学費を稼ぐからだと言い張る。  偏差値は壊滅的だけど運動神経は全国区レベルだからセレクションで合格してみせるとは本人談だ。ちなみに港でジャンプした車は海の底に沈んで二度と陸に上がることはなかった。  バイト先の社長が粋な人間じゃなかったら一撃でクビを切られていただろうに、今日も学校をサボってバイトに精を出している。  中学のあの舞台、あそこにいた三人がしんどくても心から野球を楽しめる日が今から待ち遠しい。その夢が実現するなら勉強の日々もなんとか我慢して乗り切れる気がする。  「なあ」と声をかけた俺は、ずっと気になっていたことを切り出した。  「あのときもらったチョコさ、そのままの意味で解釈していいか?」  「そのままってなによ」  「えっと、つまり、義理じゃないってことで」  三白眼(さんぱくがん)でぎろりと睨みつける彼女の目は、地雷源を踏んでしまったことを物語る。  「あんなタイミングで義理を渡すほど薄情じゃないわよ。馬鹿」  ぷいとそっぽを向いてしまった彼女の機嫌はたやすく戻りそうにない。だから俺はチョコに書かれた英単語をひとつ、度肝を抜く言葉(スタニング・ワード)に変えて贈ることにした。  「Stay with me」  赤面した彼女が放つ右ストレートはとても感情のこもった一撃だった。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加